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18



「マジこっちくんな!マジで!ガチで!」

柊は自分の失態に舌打ちをしたくなりながら、自由にならない手足で必死に抵抗を試みていた。自分らしくもなく警戒を怠っていた自覚はある。悠里は無事だろうか、と考えていたらものの見事に当て身を喰らわされ、HRが始まるまえにどこか薄暗い教室に投げ込まれていたのだ。手足の自由はない。辛うじて自由な首を廻らせれば少しばかり残念そうな顔をしたルームメイトの一匹狼が、距離を測りかねたようにそばに立っている。

「いきなり押し倒したのは悪かった」
「悪かったと思うならやめろよボケ!」

でも俺は、と呟いて、かれが柊の傍に座った。かれの名前は千尋という。もともと喧嘩が強く誰ともつるまなかったのを、柊がルームメイトになってから少しずつ変わりつつあるらしい。一目惚れだ、と言われたのを覚えている。初対面でローキックをかまされた相手に一目惚れするあたり重度のドMだと柊は思っていたのだが、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。本来ならフラグは「喧嘩とかやめろよ!」とか言ったり笑顔で手を差し伸べたりしないと立たないはずなのだけれど、やっぱりマニュアルも完全ではないらしい。

「生徒会長が好きなのか」
「…お前には関係ない」
「ある。オレは、アンタが好きだ」
「……」

きっかけが欲しかったのだと、柊は思う。きっとかれは、だれかと心を結ぶきっかけが欲しかったのだ。それがたまたま柊だった。それはたしかに恋の理由にはなるだろうけれど、柊にはそれに答えてやることは出来ない。柊はもう、自身の身の裡に育つ恋の名前を知っている。

「悪いな。…俺は、悠里が好きなんだ」

両手を後ろに縛られて足首まで拘束された状態で言っても無様なだけだったけれど、だからこそ柊はそう口にした。恋をすることは苦く苦しい。つらい。柊はそれを知ってしまったから。だからきちんと答えてやらなければならないと、そう思う。

「…そうか。やっぱり」
「だから取り合えず手と足を解け」
「悪ィ。できねえ」

心底つらそうにそういって、千尋が柊の腕を掴む。そしてゆっくりとその頬にふれた。少しばかり恐れるようにして。首を捻っても微細な抵抗にしかならない。やめてくれ、と口にしても、ごめんという返答しか返ってこなかった。

「…柊」

唇が重なる刹那、思わず柊はきつく目を閉じる。どうしてだろうきのうの悠里みたいな反応を取れそうになかった。きっとまともにかれと目を合わせることすらできなくなる。いやだ、と思ってももう声にならず、それでもどこかで悠里のことを思ったその瞬間。

「!」

凄まじいほどの音がして、おもわず柊が目を開ける。驚いたのは千尋も同じようで、柊の顎から手を離して音のほうを振り返っていた。光が差し込む。ここがどこかの空き教室であるとようやく柊は理解をした。というのも、漏れ出た光のせいで部屋の輪郭が姿を現したからである。第二音楽室ではないことくらいしかわからなかったけれど。

「…ま、まにあった?」

そして。

「…まにあいましたね」
「あれ椋くんちょっと残念そうじゃない?俺の気のせい?」

そこに立っていたのは、背の高い影がひとつと、小柄な影がひとつ。思わず柊の喉が引き攣る。名を呼ぼうとして、出来なかった。

「…来てみたんだけど、役に立つかはわからん」
「なんて美味しいイベン…じゃなかった、兄さんに何をするんだ!」

悠里と椋、すごく役に立たなさそうなのがふたり、そこにいた。悠里に至っては自覚があるからどうしようもない。無論そんなかれの事情など知るよしもない千尋が立ち上がってふたりを睨みつけるのが分かる。

お前らばかじゃねえの、よりによってなんで喧嘩出来ないのが来てるんだよ、とかいいたいことはたくさんあったけれど言葉にはならなかった。悠里が危ない。柊は言ってしまったのだ、自分の口で、かれが好きだと。

「逃げろ、悠里!」

辛うじてそう叫んで身を捩って立ち上がろうとするけれどうまくいかない。逆光の悠里が笑ったのが気配でわかった。すうっと気配が変わるのがここからでもわかる。ばか、と言いかけて出来なかった。

「来いよ。相手してやる」
「…東雲悠里、お前が……」

マジで馬鹿だあいつ、と思いながら、柊は必死に弟にアイコンタクトを送った。柊の身体さえ自由になればなんとかなる。悠里じゃ一撃でのされて終わりだ。いかに大口を叩こうとも、悠里は人を殴れるような手をしていない。

「二回も柊のこと襲いやがって。諦めってもんをだな」
「二回!?何それ悠里さん詳しく!」

…あとで助走百メートルくらいつけて殴る、と思いながら、柊はひたすら馬鹿な弟を呪った。ゆっくりと千尋が拳を固め、構えもなにもなく立っている悠里のほうへ歩み寄っていく。早くしないと悠里に危害が及ぶ。それだけは、嫌だった。

「大丈夫だ。任しとけ、柊」

ふわりと声がかかる。それは柊の良く知る、いつもの悠里の声だ。思わず目を見開いて、柊は情けなさと無様さで熱くなる目の奥を自覚した。ダメだ、逃げろ。そんな柊の叫び声は、かれに聞こえただろうか。






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