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突き出された剣の切っ先を身を仰け反らせることで避け、ラインハルトはなんの慈悲もなくその剣ごと兵士の身体を吹っ飛ばした影を見る。いつもこの影を、小柄だと思うのは何故なのだろうとぼんやり考えていた。

「ラインハルトさん!よそ見しないでくださいよ!」
「…ああ、すまん」

シオンは決して小柄ではない。年相応の身長をしているし、特段細身というわけでもない。だが、何故かきまってラインハルトは、シオンの「影」を小柄だと感じるのだ。

その足が、次の兵士の顎を蹴り上げる。浮きあがった胴に銃弾を叩きこんでから、ラインハルトはシオンに背中を預けた。残りの兵士の数はそう多くないが、少ないわけでもない。真琴という指揮官を欠くいま、騎士の士気は上がらなかった。

「…しつこい!」

背後のシオンが、跳躍する。その横を凄まじい勢いで飛んできたのは黒い塊だった。兵士らしい。無論自発的に人間が飛ぶわけがないから、どうやら何処かから飛ばされてきたようだ。

そして、そのどこか、というのは。

「先に仕掛けたのはそっちだろーが!」

あの、赤髪の騎士に違いなかった。あの騎士は強い。ラインハルトも、それは認める。しかし子供だ。要するに、シオンとの勝負を続けたいらしい。そういった人種がいることを、ラインハルトはよく知っていた。警吏をしていると良く出会う類の人種だからだ。手がつけられないこともまた、ラインハルトは知っている。

「俺を巻き込むなよ」
「ひどい!ラインハルトさん、お助け!」

天井に張り廻らされているパイプに足を引っ掛けてぶら下がったらしいシオンが、ナイフを投げたのがラインハルトにはしっかりと見えた。無論、それが竜司の鼻さきを通って兵士を倒すところも。
…お互い、子供だ。ラインハルトはそう評価を更新し、黙々と自分の仕事にかかる。

ラインハルトが生まれ育った森の国に、皇帝も王もいない。あるのは国民に選出された議会と大統領だけで、その権限は他国のそれのように絶対的ではない。仮に大統領の息子が殺されたからといって、国民はそう衝撃を受けはしないだろう。

だが、この国は違う。皇帝の息子が皇帝を継ぐのが習わしだ。つぎの皇帝が死ねば、混乱が起こる。ましてや皇子殿下の聡明さは他国にも知れ渡るもので、おまけにかれは一人っ子である。それを山の国の刺客が弑したとなれば、どうなるかは想像に易かった。

止められただろうか、と思う。郁人の剣術の腕はふつうの兵士より上、というくらいで、シオンのように驚異的な身体能力があるわけでも竜司のように実戦経験豊富なうえに腕力が人並み外れているわけでも、ましてや洸のように生まれつきの天賦の才能があるわけでもない。ただ速いから、その場を切り抜けられるだけのことは出来るだろう。
そして郁人には、剣術のかわりに身を守るだけの機転がある。

「下がれ!引くぞ!」

そう叫んだのは、兵士のなかのひとりだった。シオンと竜司の子供じみたやりとりのせいで多数の兵士がまるで紙飛行機かなにかのように空を飛び、天井にぶつかっているのを見ていたせいかむこうはむこうでこちらを怖がっているようである。

「逃がすな!姫に殺されるぞ!」

竜司が叫んだのと同時に、わっと騎士たちの士気が上がった。先陣を切って逃げ出した兵士の頭のうえにはシオンが着地している。いつのまに、と思いながら、ラインハルトは逃げまどう兵の背中に照準を合わせた。

「ラインハルトさん、後ろ!」
「…」

やはり、自分はあの影を小柄だ、と思う。

そんなことを思いながら、ラインハルトは振り向くこともせずに背後の気配へ銃弾を叩きこんだ。弾切れだ。天井と兵士の頭を蹴って傍まで戻ってきたシオンに一先ずはそこをまかせ弾丸をリロードしながら、まだラインハルトの頭は考えている。

「逃がすなよ!」
「そっちがもっと働けばいいじゃん!」

竜司とシオンは多分気が合うんだろう、とか、どうでもいいことに思考が支配された。頭を振って追い出して、槍を構えて駆け寄ってきた兵士を撃ち抜く。シオンは再びラインハルトの傍から駆け出した。どうやら再び竜司と遊ぶらしい。

よかった、と思う。

シオンは、色々な表情を手に入れていた。ラインハルトが彼を拾ってきたころと比べたら格段に笑うようになった。なにより、その目が輝いている。それはラインハルトにとって、「よかった」と思うに足る出来ごとなのだ。

「そうか」

ふいに気が付いて、手が止まる。シオンが振り返って首を傾げたが無視をした。そうか、再度口の中で繰り返して、ラインハルトは手元を見る。銃を握る骨ばった手だ。

小柄だ、と思うきっかけは、きっと初めてシオンを見たあの日のせいなのだ。あの日のシオンは小さくなって震えていた。それをラインハルトは、小柄な影だと認識した。それから今日に至るまで、ラインハルトはまだシオンを小柄な影だと思っているのだ。

「だから、ラインハルトさん!考えごとは後でしてくださいってば!!」

飛んできたナイフがラインハルトの肩の上すれすれを飛び、後ろの兵士に突き刺さった。かるく肩を竦め身を翻し、ラインハルトは口の端を歪めた。やはりまだ、慌てて飛んできたシオンをかれは、小柄な影だと思っている。







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