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「いいか、雅臣。この線からこっちに寄ってくんじゃねェぞ」

最大限に引き離した机の間にあるタイルを指差して、悠里は低く地を這うような声音でもってそういった。めずらしくHR前から教室にいる雅臣は、隣の席で頬杖をつきながらにやにやと悠里を眺めている。

「いーだろ、別に。キスまでした仲なんだし」
「死ね!」

何かあったらすぐこっちの教室に逃げてこいよ、と頼もしい柊の言葉を貰ったはいいが、流石に授業が始まってしまえばあまり派手なことは出来ない。成績上位を保つには内申の評価も必要なのだ。真面目な悠里にとって、クラスメイトに迷惑をかけることは好ましくない。なんでよりによって席替えのたびにこいつが隣にいるんだ、と肩を落としながら、悠里はまともに雅臣の方を向くことなく威嚇をしていたわけであった。

「昨日、柊ちゃんと話した」
「…あいつに手ェ出すなって言っただろうが」

悠里は前を見据えたまま、氷の表情を保ったままでそう唸った。クラスメイトたちが息を呑んで見守るなか、傍から見れば一触即発の雰囲気である。雅臣の内心も悠里の演技も知らないかれらからすれば、雅臣の関心が噂の転校生に向いたとなればさらにややこしいことになると思うに違いない。

「俺にはちっとも靡かなかったくせに、まさか氷の生徒会長まで転校生に夢中になるとは思わなかったぜ」
「…何で棒読みなんだよ、気持ち悪い」

何処まで見抜かれているのだろうかと、悠里は空恐ろしい気持ちになった。この男が苦手だ。なんとなく、なんだか全てを知られているような気になるから。それでいて向けられる感情が真っ直ぐだからこそ性質が悪い。でも妹が喜ぶので、とりあえずフラグは立てておいている。

「柊に何を吹き込んだんだ」
「悠里は俺のだぞって言った」
「…その足らない脳みそ、叩き割ってやろうか」

ちょっと呆れて素が出そうになって、悠里は慌てて表情を引き締めた。眼鏡を押し上げようと思ってそこにそれがないことに驚いて、もうひとつおまけにため息をつく。

コンタクトレンズわすれた。

「悠里こそ、ちゃんと柊ちゃんのこと守ってあげねえと。…あいつのルームメイト、柊ちゃんが帰ってこなくてずいぶん心配してたみたいだぜ?」

自分で自分に呆れて落ち込んでいた悠里が、思わず雅臣を振り返る。それを見て雅臣はにっこりした。一瞬だけ氷が崩れ顔を出す、驚き目を丸くしたかれの仮面の後ろの表情をしっかりと目視している。雅臣、と悠里が彼の名を呼び掛けたところで、教師が教室に入ってきた。戦慄く唇を噛み締めて雅臣から視線を逸らした悠里を見つめながら、雅臣は憂うように柊の教室のほうに目をやる。

「…どうする?悠里」
「……何が言いたい」

小声での会話は、日直のかける号令に紛れて聞こえない。どちらも座ったまま受け流しているふたりの間にだけ会話が伝わるのも、曲がりなりにも入学以来なにかと縁があった相手だからこそだった。

「柊ちゃんを守りたいなら、呑気に倫理の授業なんて受けてる場合じゃねーよって話」
「…風紀の情報か」
「あの不良は風紀には入ってないけど、ずいぶん手こずらされたからな。はたして柊ちゃんは、ちゃんとクラスにいるでしょーか」
「…!」

雅臣だとて、柊がみすみすあの不良に襲われるなら助けてやろうと思っていた。可愛いものは基本的に好きだ。ツンデレ萌えはなかったけれど。そして、悠里の反応を知りたかったというのもある。かれは激昂し、仮面を外すのだろうかと。

「…ふざけんじゃねえ」

そう言って立ち上がった悠里に、クラスの視線が集中した。大股に教室を出ていこうとする悠里の表情に、教師すらなにも言えずにいる。生徒会の権力のまえに、かれらは時に無力だ。悠里が生徒会長になってから、かれが問題を起こすことがなかったせいであまり混乱は起こらなかったのだけど。

「…助けて、やらないと」

俺様生徒会長が王道転校生の危機を救うのではなくて。友達だから悠里は、柊を助けてやりたいと思っていた。足手まといになることもわかっていたけれど、それでも危機に飛び込んでやりたかった。それほどに悠里は柊を大事に思っている。

勢いよく教室の扉が閉まって、クラスは沈黙に包まれた。ひとり愉快そうな顔をした雅臣は立ち上がり、窓の一つに手をかける。そこでようやっと動き出した教師が雅臣の名を咎めるように呼んだ。

「悠里くん体調悪いみたいなんで、保健室まで送ってくるわ」

有無を言わせぬ迫力のある笑みを教師に向けて、かれが窓枠を蹴って飛翔をする。今度こそ完全に音を失った教室に、倫理の教師が入ってくるまでざわめきが湧きあがることはなかった。






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