main のコピー | ナノ
16



結局昼の号外は発行されなかったが、翌日の校内新聞は今年度一番の発行部数を記録した。いくら刷ってもたりないという新聞部の嬉しい悲鳴をよそに、柊と悠里は朝から沈んでいる。出来あがったのを朝一番に悠里の自室まで持ってきてくれた椋は可哀そうに部屋の端っこで満身創痍で転がっていた。

一時限目が始まるまでまだ時間があるし朝食もまだだったのだけれど、ふたりはそれどころではない。机のうえに置かれている新聞を顔を見合せながら読み終えたところだ。とりあえず柊が好き勝手に椋をボコボコにするのを眺めていた悠里は、はあ、とため息をついてその新聞を畳む。畳んだところで、一面が目に入った。

昨日の朝のキス騒動のことから隠し撮り(ということになっている)写真までの時系列が一面を飾っているのだけれど、それがまるで小説のような語り口なのでふたりはげっそりしているのだ。ちなみに事実と虚構の比は3:7くらいである。妹が読んでいた本から抜き出してきたような文章がつらつらと並んでいるのは、自分たちが登場人物であることも相まってなかなかに居心地がわるい。

「何がどうなったら俺が熱に上気して潤んだ目で雅臣を睨みつけてるんだよ…」
「つうかなんで屋上で俺とアイツが話してたことバレてんだ!しかもこんな話これっぽっちもしてねえからな!」
「そ、それは記事を盛り立てるちょっとしたスパイスというか…」

うるせえ!最後に重い殴打音が響いてから、柊が悠里のとなりにどかりと座った。黙っていればきれいだしかわいいのに、一々動作がオヤジ臭いと悠里はひそかに思っている。

交錯する思惑と芽生えた恋情に揺れ動く転校生のこころの行く末は―――!
と、そこだけ事実で締め括られているまとめの一文を柊が指ではじいた。的を得ているのが、いやだ。雅臣に悠里をとられたくない、と思うのは確かである。確かだがこんなふうに乙女チックな思考はしていないし、ましてや悠里は柊をこの記事にあるような形で好きなわけではない。そんなこと、柊はしっていた。

「ま、まあこれで俺の氷の生徒会長としての立ち位置は守られるな…」
「食堂行くのいやだ。悠里、なんか作れ」

相変わらず妹に対して全面的に甘い悠里が安堵しているのを尻目に、柊はなんでもないふうを装って悠里の背中を小突く。しょうがないな、と新聞から目を逸らした悠里が立ち上がるのと、椋が形容しがたい笑みを浮かべて柊に親指を立てたのはほぼ同時だった。
何か手頃な投げる兇器を探したが無かったので、柊はわざわざ寄っていって弟の頭を思いっきり殴る。

「椋くん、卵平気?…って、なにやってんだ、柊」

どうやらまたオムライスかオムレツらしい、と見当をつけながら、柊はマウントポジションをとった椋の上から退いた。椋はよろよろと立ち上がると、キッチンに立つ悠里を見て床をごろごろと転がっている。楽しそうだ、と思いながら、見かねて悠里が寄ってきた。

「えーと、その。トーストとオムレツにしようと思うんだけど」
「いえいえいえ!いえーい!二人の愛の巣をお邪魔なんてとんでもない!もう部室に戻ります!」

やっぱりすごく楽しそうだ、と自己完結をして、悠里は困ったように柊を向く。何かを言おうとして口を開いた柊が、そのままそっぽをむいてしまった。訝しげに首を捻った悠里を前に、世にも珍しい兄の赤面姿に椋は興奮を隠せないでいる。

兄が周りから恋情を指摘され、それを意識しすぎていることなど双子の弟にはとっくにお見通しだ。だからこそのパワーというものがある。し、椋は兄にしあわせになってほしい。いま、かれのしあわせが悠里の傍にいることならば邪魔はしないでいようと思っていた。だが、今やかれが悠里に恋心を抱いていることをしっかりと理解している。そうなれば話は別だ、椋の本領発揮である。

椋は兄が好きだ。守ってくれたかれに、なんらかの形で恩返しがしたい。出来ることなら、なんだってする。そんなふうに思うこころだけは、なんの曇りもないまぎれもない本物だった。

「…ありがとうございます、悠里さん」

そして椋は立ち上がって悠里に寄り、手際良く卵を割っているかれの耳元で囁いた。驚いたようにかたちのよい眉を上げ、悠里がこちらを振り向く。そしてかれにいうのだ。もちろん柊に聞こえないよう、小声で。

「兄さんがあんなふうに笑ったりするの、悠里さんの前だけです」

悠里はそれを聞いて、まるで子供をあやすような表情になった。思わず鼻血を吹き出してしまうような色気のある笑みでも、あのぐずぐずと蕩けた笑顔でもない。慈しむような眼の色に、椋の本質が、すなわち幼いころ兄に守られ泣いていた部分の椋が過敏に反応をする。

「椋くんの前での柊、すごく楽しそうだけどな」

それは、たしかに「兄」の目であった。

「きみをみつけて柊は、ずいぶん嬉しそうだったよ。俺のところに来た時も、きみを思ってすごい剣幕だった。兄貴ってのは、そういうもんだって」
「……、」

兄を意識させるために口にした言葉で、椋はまんまと嵌められた。悠里のことばに、思わずたたらを踏んで後ずさる。かれのまえに立ってそれ以上こころが欲している言葉を与えられるのが怖くて、辛うじて笑ってかれから視線を逸らした。
特段意に介した様子のない悠里の手元で、卵がフライパンの上でじゅうじゅうと音を立てている。柊の、兄の目が困ったように笑いを含んで椋を見ていた。

な?とでも言いたげな眼差しに、ようやっと椋は兄の言葉の意味を理解する。なるほどこれは、たしかに難敵でありそうだ。

「…悠里さん、僕はこれで」
「うん。じゃあ、またな、椋くん」

やられてやんの、と兄の傍を通り過ぎるときに笑われた。兄さんがオちるのもわかるよ…といえば、足払いをかけられて柱に顔面から衝突する。なんとなくそれでも、ちょっと嬉しくなった自分がいて、椋は悠里の言葉のちからを思い知ったのだった。




top main
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -