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「薄々感づいてたけど、まさか兄さんが本気で柊×悠里を狙っているとはね…」
「お前、変な用語混ぜて話すのやめろ」
「だけどこうなったら話は別だ!僕は身内だって構わず萌えに変換する男だからね!二人きりの時にだけ見せる普段とは違う顔に、いつしか惹かれていって…。次の新刊のネタはこれでいこう!」

ばからしくなって、ついに柊は椋を蹴っ飛ばすのをやめた。頭を抱えて猫っ毛なふしのあるこげ茶色の髪を掻きまわす。これが一年ぶりに会った兄への仕打ちかと思うと涙が出た。結局は柊は、弟が大事だしかわいい。どんなに変態に育っていても、見つけられて嬉しいと思う。けれどそれとこれとは別だ。こっちはお前のせいでどんな思いをしていると思ってるんだ…、と言いたくもなるというものである。

「そんな顔しないでよ、兄さん!僕が全面的にバックアップするって!」
「…おまえな、あいつがどんな性格してるか知らねえからそんなこと言えるんだって」
「出た!俺だけが知っているアイツの顔、だね!」
「いいから黙れ」

やっぱり殴る。重い音を響かせて、椋は顔面からリノリウムの床に激突をした。
しかし起き上がりこぼしかという勢いでもとの体勢に戻って、かれは興奮気味に話し続けている!気持ち悪い!柊の声は残念ながらいまの椋には聞こえていなさそうだった。

「あのいけ好かない風紀委員長も、ガチで悠里のこと好きっぽいしよ」
「噂によると雅臣さんはギャップ萌えらしいからね。ギャップ萌えの塊みたいな悠里さんに惚れないわけがないよ」

新聞部怖ェ、と思いながら、柊は弟の顔をじっと見た。楽しんでいるのか兄を助けようとしてくれているのか、傍目からは判別がつけ難い。どちらも、というのが正解だろう。かれはそんな視線に気付いたか甘く微笑んで手を延べた。

「でも今、悠里さんが素の自分を見せるのは兄さんだけでしょう?」
「…」
「そこにつけ込まないでどうするんだよ!なし崩しに情に訴えちゃえばいいんだって!悠里さん押しに弱そうだし!」
「で、でも」
「じゃないと兄さんだって誤解されちゃうよ!悠里さんの妹さん同室の一匹狼不良ルートがめちゃくちゃ好きそうだったから!」

俺様生徒会長から転校生を守る不良の描写が無駄に多かったよあのマニュアル!と鼻息のあらい椋に言われたので、柊はいやなことを思い出してしまった。ばっちりと悠里にみられた、あの咬み痕。悠里の呟く「妹ウケがいいから…」の恐ろしさをしらない柊ではない。いつ人身御供の矛先を向けられるのかわからない恐怖が新たに加わって、正直ちょっと挫けそうだ。

「あれ、どうしたんだ?」

なんてこんなときだけ押しの強い弟に丸めこまれそうになっていた柊に、どうやら妹との電話を終えて戻ってきたらしい悠里が声をかけた。慌てて首を振って、なんでもねえよと言っておく。耳元で椋が、まかせて!と囁いた。

「…ほんとにいいのか?悠里」
「電話で話したら、麻里いま学校にいるのにものすごくはしゃいでた。兄としては妹が喜んでくれるならなんだってするさ」
「お前のなんだって、は幅が広すぎるんだよ…」

なんて話しているうちに、椋はてきぱきと場所の指示を始めた。空き教室での密会がコンセプトだと語られたけれどスルーしておく。膝を伸ばして壁を背に座り込んだ悠里のうえに、柊が覆いかぶさるような体勢になった。なんとなくさっきのことを思い出してしまって胸に甘い疼きが広がるのを自覚しながら、柊は悠里の眼鏡のない顔を見る。俺様モードの顔をして笑む悠里の顔は凄絶に色っぽい。

それは悠里が柊にだけ向ける笑顔ではなく、俺様生徒会長が転校生にだけ向ける笑顔だ。それでもたまらなくぞくぞくして、柊は自分でも自分に呆れながら心拍数を上げないようにするので精いっぱいだった。

「だけど、これだと俺が押し倒されてるみたいじゃないか?」
「大丈夫です!もう見出しとか考えてありますから!」
「そ、そうか…」

鼻息の荒いカメラマンに、押しに弱い悠里はあっさりと丸めこまれた。柊の腰に緩慢に腕を回し、余裕たっぷりの顔をする。いつもとの違いに思わず笑ってしまってから、柊はすっと顔を引き締めた。悠里さんオッケーそのまま、兄さん顔近づけて!と椋の指示が飛ぶ。
なんてことをしているんだ真昼間のしかも授業中の学校で、と思いながらも、好きな人と密着している状況を手放せるほど柊は大人ではない。言われるままに額に息がかかるほどまで顔を寄せると、椋が教室の目張りの紙を剥がすべりべりという音がした。

どうやら窓越しに写真を撮るらしい。隠し撮り感を出したいのだろう、こういうところも用意周到な弟がすこしだけ空恐ろしくなった。まっとうな道へ進んでいただきたいところである。

「柊、ひいらぎ、動くな。くすぐったい」

ちょっとだけ素に戻った悠里の笑いを含んだ甘い声に、柊の鼓動は悠里に聞こえるんじゃないかというくらいに高く跳ねあがった。我慢しろ、とだけ無感動につぶやいて柊は精一杯感情のざわめきを押し殺す。

「じゃあ撮るよー!」

幸か不幸かそれ以上なにかを悠里が言う前に、椋がそう声を上げた。僅かに息を呑んでから、柊はくちびるが触れあう間際まで悠里に顔を近づける。薄目を開けて悠里を見れば、かれはあの氷のような表情に僅かな笑みを乗せて目を細めている。さっき二人きりのときにしたような、あの間抜けなぽかんとした表情ではない。どちらも同じ人間なのにあんまりに差がありすぎて、柊はなんだか東雲悠里という人間がよくわからなくなるような錯覚を感じた。素があっちだっていうことくらい、柊はよく知っているのに。

カメラのシャッター音が鳴ってから数秒、柊はそのまま動こうとしなかった。間近で、悠里の顔が俺様生徒会長のそれでなくなるのを待つ。待つ、というほどの時間はかからないで悠里はまたくしゃりと笑みを形作り、だからくすぐったいって、とあまやかに笑った。上から退いてやりながら、柊は甘い熱を胸の上からとんとんと拳で叩く。やっぱり、柊が好きなのは悠里だ。くるくると表情の変わる、その間に柊に向けられる笑みがたまらなく恋しい。
自覚したばかりの恋情は、意識してしまえばいくらでも柊をもどかしい考えごとの深淵へと引きずり込む。それすらも不快ではない、と思ってしまう自分に辟易して、柊はくるりと悠里に背を向ける。

…鼻血を垂らしながら駆け戻ってきた弟にはもうツッコミを入れる気力もなかった。






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