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麻里さんとメル友になりたい、という椋を丁重にお断りした悠里は先ほどから上機嫌だった。もちろん気がかりだった写真が消去されたというのが大きいようだ。柊ははじめ、そんなテンションの高い氷の生徒会長を見て、椋が落胆するのではないかと思った。しかし予想に反してかれも嬉しそうな顔をしているのを見て、柊は椋の脇腹を突っつく。

「顔気持ち悪いぞ」
「酷っ!…ねえ兄さん、これってつまり兄さん×悠里さんってことでいいんだよね?いや実は僕さっきの写真で悠里さん受けに目覚め…」

勢いよく正掌を沈めると、椋は無言のまま撃沈した。いい気味だと思いながら、いまのが悠里に聞こえていなかったか柊はこっそりかれの顔いろを窺う。かれは相変わらず脳天気な顔をしていた。これはこれで腹が立つ、と思いながら、午後まで何をして時間を潰そうかと思案する。

悠里の発案で、午後からは何食わぬ顔で授業に出ることになっていた。悠里は一発あの変態野郎殴る!と息まいていたが、ほんとうにやめといたほうがいいと思う。柊はかれに、ちょっと柊が服とか乱しといてくれたら雰囲気出るから!とマニュアルの一節を指差して言われ、混乱している悠里がかわいそうだったので頷いてしまった。ちなみにマニュアルには「授業を抜け出して空き教室で…」と書いてある。おまえ、妹の教育どうなってるんだ。と聞けば、悠里はちょっと落ち込んでいた。

それからようやっと柊たちのほうを振り向いた悠里が、惨状を見て困った顔をした。惨状とは即ち、制服のあちこちに足の形を付けた椋とそれをますます踏みにじっている柊のことである。

「…お前、また椋くんいじめたのか」
「正当防衛だ、問題ねえ」
「いや、防衛でもなんでもないだろそれ」

椋は柊の足の下で「悠里さんに心配してもらった!きたこれ!」と喚いているのであまり問題はありそうではない。しかしこれ以上椋に喋らせて墓穴を掘るのも避けたかったので、黙ってその背中に体重をかけた。みしみし、と骨の軋む音がする。

「でもまあ、さっきの写真消したわけだろ?椋くん怒られたりしないのか」
「お前は馬鹿か…」
「じゃあ、ほら!熱愛報道されてる二人の写真を撮って夢の三角関係を一面に…!」

途端に元気になった椋が柊の下から這い出した。若干引いているような気がしないでもない悠里が、それでも意味を理解したらしく表情を歪める。

「そうか、写真はなくても目撃者はいるもんな…」
「そうですよ!だからほら、愛のトライアングルで学園の話題を一大センセーション…!」
「日本語で話せ」

椋の背中を思いっきり蹴っ飛ばす。その軌道上にいた悠里がひょいと避けたので、椋はクッションの山に激突をした。かわいそうに、と悠里はいうけれど、お前だって避けただろうと思う。

「氷の生徒会長に俺様風紀委員長、そして生徒会や人気者の寵愛を欲しいままにする転校生の三角関係…!これは今年一番の大ニュースになるよ!」

しかし椋は勢いよく起き上がって輝かんばかりの笑顔になった。鼻血のあとがくっきり残っている。うわあ、と悠里が呟いたのを柊は聞き逃さなかった。妹よりひどいらしい。たしかにあんな妹いやだ、と思う。
ちなみに柊の知っている椋はここまでではなかった。生で待ち望んでいた騒動を見られる立場にいる椋はこの一年間で、どうやらたがが外れてしまっているようである。

「どうですか、悠里さん!風紀委員長とのキスシーンで一面飾るより、そっちのほうが話題性があると思いませんか!」
「…校内新聞って、外部に配達してもらうことって出来る?」

てっきり切って棄てるとばかり思っていた悠里がとんでもないことを言いだしたので、柊は思わず立ち上がった。やり手の新聞勧誘員のような眼をした椋が勢いよくその両手をとってぶんぶんと振る。

「もちろんです!協力していただけるのなら、ご実家まで毎日だってお届けしますとも!」
「おい待て悠里、お前何考えて…」
「…だって麻里が」
「だってじゃねえよ!」

文字通り悪魔に魂を売り渡した悠里に、柊は思わずがっくりとうなだれた。先ほど写真を消されたときの絶望はどこへやったのか、椋はにこにことぞっとするほど満面の笑みを浮かべている。なんだか馬鹿らしくなって、柊は思わずその場にがっくりと膝をついた。

「ほらほら兄さん、どんなシチュエーションにしようか」
「はあ!?」
「あ、俺ちょっと麻里に電話してくるわ」
「おい悠里ちょっとまて!」

携帯を片手に立ち上がった悠里は機嫌が好さそうだった。このシスコンめ!というと親指を立てられる。いい笑顔だ。がらがら、と第二音楽室の扉が閉められるのを見て、柊はじと目で双子の弟を睨みつける。

「お前なあ…」
「これはチャンスだよ、兄さん!ここで悠里さんにフラグを立てないと!」
「だああああ、そんなに簡単に話が進んだら苦労しねえよ馬鹿!」

…そう柊が椋の胸倉を掴んだ瞬間、兄弟のあいだに、居心地の悪い沈黙が、あった。





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