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「…だ、だいじょうぶ?椋くん」
「だ、だいじょうぶです…」

いきなり轟音とともに人間が部屋のなかに飛び込んできて、悠里はそうとうにびっくりしたようだ。続けざまに助走をたっぷりつけた柊の飛び蹴りがその人間に決まったのにも、もちろんそれが探し続けていた柊の双子の弟だったことにも。

そしてそのまま期せずして目の前で双子のプロレス(もしくはリンチ)を目にすることになってしまった悠里は、止めに入ることも柊に言われたとおりその模様をムービーに納めることも出来ずにただおろおろとその模様を眺めていた。そろそろ死ぬんじゃないか、というところでクッションを投げ入れてやるとようやっと柊の家庭内暴力が終わりを告げる。

椋を抱え上げてクッションの上に寝かせてやると、なぜかかれはすさまじくいい笑顔で親指を立ててくれた。Mなんだろうか、と思いながら悠里が親指を立て返すと、なぜか鼻血をたらりと流す。

甘いマスクに鼻血というのはなかなかにシュールだったので、悠里はかれにそっとティッシュを差しだしてやった。柊はといえば少し離れたところに仁王立ちしている。兄って怖い、と自分が妹と二人兄妹であることに安堵しながら、柊に声をかけた。

「…おまえさあ…、兄弟の感動の再会とかないのかよ」
「ねぇよ、んなもん」
「前は「椋をかえせ」ってひどい剣幕だったのに」
「もう要らん。むしろ熨斗付けてこの学園に贈ってやりたいくらいだ」

さっきキスされる、と思ってびっくりしたのも、全部吹っ飛んでしまった。ていうかまた写真撮られてたらどうすんだよとか言いたいことはあったのだけど、とりあえず今はこのあまり似ていない柊の弟を看病しなければならない状況下である。

柊は喧嘩慣れしていると自分でも言っていたけれど、それって今みたいに弟を虐げて強くなったってことなんだろうか。なんて不名誉この上ないレッテルを張られているなど知るよしもない柊は、悠里の膝元でえへらえへらと笑っている弟を生ぬるい目で見守っていた。

「ホントに大丈夫?…ドロップキックもろに入ってたけど」
「身体だけは丈夫に出来てるんで大丈夫です!でももっと兄さんを叱ってやってください!」
「ええー…」
「そいつの言葉に耳貸すなよ。頭湧くぞ」

どこか妹に似ている、と思ったら、似ていないわけがないのか。かれがあの広辞苑より分厚いマニュアルの筆者だということを思い出して、悠里は苦笑いをした。ちなみに氷の生徒会長の笑顔を間近で見た椋はそれどころではない。今すぐにでも携帯で写真を撮りたいが、残念ながら兄の眼光のまえでそれをやるほど、椋は現世への執着が薄くなかった。

「こら、だめだろ柊」
「ぶはっ」
「だあああ、リクエストに答えなくていいから!」

妹にはいつもやってあげてたから…と、拗ねたように言われて柊は脱力した。とりあえず椋と悠里の間に割って入る。目の前で行われているシチュエーションに耐えきれないらしい椋はティッシュを真っ赤に染めていた。我が弟ながら気持ち悪い、と思いながら、柊は悠里を振り向く。先ほどまでの胸のざわめきも、いまはどこかに追いやられていた。

「ま、とりあえず、一個だけいいことあったぞ悠里」
「え?」

目をまるくして柊を向いた悠里に、柊は口端を歪めながら没収したカメラを手渡す。ああっ、と背後で弟の悲鳴が上がったが気にも留めなかった。はっはっは、と悪い笑い声を上げる。

「…こ、これ」
「まだ現像前だ。…よかった」

そのモニタに映っていたのは、無論朝の一幕である。雅臣の唇が離れた直後らしい悠里の顔は、柊が見慣れた素のきょとんとした顔だった。やっぱりあれにはびっくりしたらしい。

これを校内新聞で公開されては悠里の今後に影響が出るのは間違いなかった。氷の生徒会長はこんな顔をしてはいけないのだ。
それに柊だって、悠里のこんな写真を人目に触れさせてやりたくない。手早く消去ボタンを押して、念のためにほかのネガも確認してからカメラを椋に投げ返した。

「ああああああー!!大スクープが!!!」
「よ、よかった…、よかった……」

ほんとうにホッとしたように息を吐いた悠里が、そのままぐしゃぐしゃと頭を掻き混ぜて肩を下ろす。どうやら安堵のあまり気が抜けたらしい。それを見てちょっと笑ってしまってから、柊は容赦なく弟の顎を掴んだ。落胆と恐怖に染まった柊と同じ色をした瞳が、怯えて兄を見上げる。

「ほかには?」
「…な、ないです」
「嘘付いたらどうなるかわかってるよな?」
「ほんとにないです…」

そんな兄弟のやりとりを生ぬるい目で見ながら、悠里はこれで末代までの恥を晒さずに済む…!と柊への感謝で一杯だ。椋はちょっとかわいそうだけど、まあ我慢してもらおう。

「…ところで兄さん、悠里さんのこれはいったい…」
「あー、話せば長くなるんだけど」

何か言おうとした柊を遮って、悠里は古いピアノの上に乗せていた「俺様生徒会長マニュアル」をそっと椋に手渡した。






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