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「悠里」

クッションに埋もれたままの悠里のてのひらを掴んで床の上に縫いつけて、かれのうえに馬乗りになる。それからその狭い額に額を擦り寄せて、殆ど吐息のように、柊は吐きだした。熱の籠った声音に、切れ長の目をまるくみひらいた悠里がはくはくと口を開け閉めする。

「悠里…」
「な、なに、どうした」

それから勢いのままキスをしてしまおうと思って、指先を悠里の頬に這わせたところで、…やめた。最後のぎりぎりのところで理性が邪魔をする。悠里が柊のまえで自然体をしなくなるのは、いやだ。かれに嫌われるのは、拒まれるのは、いやだ。

「…後ろの扉、紙の隙間からだれかが覗いてたから」

そして柊は、つらりと嘘を吐き出してかれの上から退く。額をくっつけたせいでへんなくせのついてしまった悠里の前髪を指先で梳いてやると、相変わらず何か言おうとして言葉になっていないかれの唇が閉じた状態で固まった。

「…悪ぃ」

罪悪感に勝てないで、柊は不自然だと分かっていながら謝罪の言葉を口にした。朝のことでそうとうショックを受けているはずの悠里に、トドメをさすところだった。そんな、柊の子供じみた嫉妬でこれまでの関係を失ってしまうのは、こわい。

「び、びっくり、した」

耳まで真っ赤になった悠里が、小さく零す。ああかわいいな、と思いながら柊はなんてことのない顔をした。頭が醒めてしまえばたった今の行動が信じられなくて、自分で自分が情けなくなってたまらない。

「…もう行ったかどうか、見てくる」
「お、おう…」

ずくずくと疼く胸の痛みから目を逸らしたくて、柊はそう悠里に断って立ち上がった。ほんとうはしっかりと張られている窓の紙を直すふりをしながら教室を出て、顔でも洗おうと水道のほうへと歩き出す。

どうにかしている。柊がここに来たのはマニュアルの内容を適度にこなしつつ弟をおびき寄せるためで、断じてこんなにどうしようもない恋に落ちるためではない。うまくいっていたのに、マニュアルどおりの行動をする俺様生徒会長に違和感を覚えたせいで。
気に入ったという癖にちっともひとみを欲に濡らさない男に違和を感じ、直接かれを問い詰めて。手のうちまで明かして。そしてそれで、出会ってしまったのだ。もうひとり、理由も動機も違えど同じ立場の人間に。

「…こんなはずじゃ、ねーのに」

冷たい水を顔に打ちつけるとすこしだけ頭がすっきりした。ハンカチで顔を拭き、もういなかったわ、と言おうと決めて元来た道を戻ろうとする。

そのときだった。

授業中だというのに相応しくない、廊下を蹴る慌ただしい足音。咄嗟に水飲み場の柱の影に隠れた柊が目にしたのは、カメラを抱えて走るひとりの少年の姿だった。柊のすぐ目の前を通ったせいで、いやでも顔が目に入る。

「…!!」

それと同時に、柊は柱の影から飛び出してその少年の腕を掴んでいた。甘く沈んだ胸のうずきがいっぺんに遠のく。それに感謝をしていいのか名残惜しめばいいのかもわからないながら、柊は低く唸った。

「…見つけたぞ、椋!」

悠里と同じように、眼鏡をしている。ひとつ違うのは、こちらは伊達で、あちらは度入りの眼鏡だということだろう。柊が名を呼んだように、目の前を通り過ぎようとした少年は見間違えようもない、柊が血を分けた双子の弟だったのだ。証拠に、振り向いて硬直した少年はびくりと身体を竦ませた。表情にありありと恐怖が窺える。

「に、兄さん…」
「てめえ、一年間も電話ひとつ寄越さないで何してやがった…!」

もともとインドア派な椋が柊の腕の力に敵うわけもなく。かれはさしたる抵抗もなく、柊の手に肩を掴まれて呻いた。手にしていたカメラをひょいと取り上げると、かれの柊よりも甘く少女然とした顔が青ざめる。まさか、と思ってその柊よりすこしだけ小さい椋を見れば、腕に腕章がついていた。

新聞部、と読める。

「…盲点だったぜ……」

そう言われてしまうと尤もな役職すぎて突っ込む気も失せた。きっと凄いテンションで生徒会のメンバーのスキャンダルを追っていたんだろう。似合う。すごく似合う。

そしてタイミングの悪いことに、柊は自らの恋心からくる胸のむかつきを持て余していた。それを向けられる相手を探していたところに、元凶が自ら飛び込んできてくれたのだ。これを逃す理由はない。

「わかってんだろうな…?」
「に、兄さんだってわりと楽しんでたじゃないか…」
「問答無用!とりあえずちょっとこっちこい」
「ま、待って!これ現像しないと、昼休みの号外に間に合わな…」

腕を掴んだまま引っ張られながら、椋は一年ぶりに見る兄の凶悪な笑顔にひっと悲鳴を上げて身を竦ませた。怖い。このサンクチュアリにかわいいけれど噛みつく猛犬を一匹放流したのは間違いだったかもしれない、と本人に知れたら間違いなくジャーマンスプレックスものなことを思いながら、椋は内心で十字を切った。





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