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洸と真琴は、長い廊下を疾走していた。
真琴が部下から得た伝令は、敵の主力が二つに裂かれているということ。そしてその半数は凪の命を奪うためのもので、その中でも半分に兵力を裂いて凪を挟撃しようという策だということである。お互い無言で走りながら、真琴は隣の男の横顔をちらりと見た。

学生時代から、何かと縁の多かった相手である。片や東の大公候補の騎士。片や皇子殿下の騎士。そしてあるじ同士が親友ということもあり、事あるごとに真琴と洸は較べられてきた。しかしそれはもっぱら真琴の居た城のなかでのことだったから、洸がそれを知っているのかどうかは真琴にはわからない。

剣術で競ったことは、確かになかった。だが真琴は騎士団長に相応しい風格を備えるべく、テーブルマナーも教養も、どんな名家の男性騎士より完璧にこなしていた。対してそれらが壊滅的どころか、授業にも出ていなかったのは洸である。そんなものと比べられるのは真琴にとって屈辱でもあったし、そしてどこか洸という騎士を意識せざるを得ない理由でもあった。

だが、真琴は知っている。かれが騎士であることを、よく知っている。かれのあるじを守るためならこの男がどんな難題も斬り伏せていくだろうことを、学生の間ずっと見てきた。だからかれとそのあるじが出奔をしたとき、なんとなくわかっていたような気がしたからひどく落ち着いて凪に説明をすることが出来たのを、真琴はよく覚えている。

凪こそが、真琴のあるじだ。かのじょが生涯を賭して、女であることを棄てて護り抜くのだと決めた主君である。かのじょは凪の騎士であることに誇りを抱いているし、凪が名君になることを一縷も疑ったことはない。だからこそ、今ここで洸と並んで走っているのだ。

「追いついたか」

ぼそり、と洸が吐き捨てた。感情の欠落した声音である。前にも数度、この声を聞いたことがあった。その時もこうして、危機に晒された凪のもとへと駆けていたのを真琴は思い出す。この男と会うと、悉く凪は危険な目に遭う気がしていた。だから真琴は、この男が嫌いだ。

追いついた、と洸が言ったのは、恐らくは挟撃のための部隊の一方だった。わらわらといる黒い鎧の者たちを、加速をした洸が背後から襲う。真琴もそれに続いた。

真琴が遣うのは洸とは違い型にそった剣術だが、真琴はいくつも剣術の型をしっている。状況に応じて身のこなしを一から十まで変えることも、容易かった。こうなれば我流と変わらない。対応のしようがない、まさしく変化自在の剣をつかう。

洸の戦闘スタイルと自分のそれが反吐が出るほど咬み合うこともまた、真琴は重々承知していた。

後方を走っていた五人が、声を上げる間もなく倒れ伏した。血だまりが出来るより先に、鎧を蹴って真琴は先に追随をする。斬り払いでひとりを黙らせて、そのまま身を沈めて下下段からの斬り上げ。身を翻し、どういう仕組みだか手も足も遣うめちゃくちゃな乱舞を終えた洸に背中を預けた。追撃を知った襲撃部隊が、慌てて体勢を立て直そうとしている。数は二十を少し超えるぐらいだろうか、もう半分の部隊がまだ凪のもとへ辿りついていないことを祈りながら、真琴は剣を握り直す。

「邪魔をするな!」

その一喝で、兵士たちの動揺は目に見えて広がった。真琴がどれだけの実力を持っているか、知らない彼らではない。騎士団が地下にいるから安心して挟撃をすることにした、という面も確かにあるはずだった。

「怯むな、押せ、囲め!」

指揮官らしき、真琴も何度か見たことがある男が剣を掲げて叫んでいる。この数では時間がかかる、先に指揮官を、と真琴が思った刹那、その身体が目にもとまらぬ速さで飛んだ。壁に激突して失神したその男を見てぽかんと口を開けているその隣の兵の顔面を思いっきり剣の柄で殴った洸が、懐に手を突っ込んで叫ぶ。

「走れ!」
「…」

その翡翠の瞳に居竦められ、真琴はぎゅっと柳眉を寄せて、それでもそれに従ってまごつく兵の間を駆け抜けた。洸は僅かに肩から力を抜き、そして。

「喰らいやがれ!」

ちょうど、バットでボールを飛ばすのと同じ要領で、鈍く朱に輝く拳大の石を兵士たちに叩き込んだ。魔石だ、と真琴が気付くより早く、鼓膜を劈くような爆発音が響き渡る。廊下に面した窓が割れ、兵士たちが爆発から身を守るために大きく後退せざるを得なくなった。爆発力自体は大きくなかったが、陽動には十分だ。真琴は走りだす。

「この先を左!そしたら一本目を右に曲がれ!」

軽く頷いて、洸が加速をした。相変わらず足の速い男である。負けじとスピードを上げ、真琴はただただひたすらに、かのじょのあるじの無事を祈っていた。




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