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cats and dogs



雨が降っている。

雨は嫌じゃない。ひたひたと地面に沁み込む水の欠片を見ていると時を忘れた。おれからすると雨の日の匂いはなんとなくほっとした気分になるし、傘を差すのもたのしい。傘に雨が跳ねる音が好きだ。八本の骨に守られていると、なんとなくほっとする。

昨日からこっち、ずっと雨が降っていた。きのうはこっそり学校をサボったから、今日こってり父さんに絞られた。理由はひみつにしたせいで、さらに怒られたのはいうまでもない。学校に入ってから素行が悪いぞ!そのためにお前を学校に入れたんじゃない!と怒られていた俺がしゅんと項垂れたフリをして膝の上においた本を読んでいるのが兄さんにバレて、もうちょっとバレないようにやりなさいとたしなめられたのも加えてやっぱり運が悪い。

「…仕方ないよなー」
「うるせえ、ばーか」

そんでもってきのうから、洸の態度もあんまりだ。朝までで通算82回ばーかっていわれた。カウントはきのうからなので、だいたい一時間に3回から4回ばーかといわれている計算になる。理不尽だ。学校へいく途中に洸に兄さんとの話をしたら、またばーかといわれた。

「おまえ、ほんとにばかだよ」

照れ隠しであることは十二分に承知しているけれど、ばかばかいわれるとちょっとばかしいじめてやりたくなる。とりあえず耳が赤いことときのう涙目だったことを指摘してやると、洸はぎゃあぎゃあ言いながら騎士学校への道を走っていってしまったけれど。

きのうは洸の、剣術の授業の参観日だった。伝統的につづく、勝ち抜き式の大会でもある。

洸の母さんはずっとむかしに病気で亡くなった。それで父さん、つまりはおれの父の騎士であり、ずっと騎士団を支えてくれていたひともまた、去年の冬に病でお亡くなりになっている。つまり洸には、両親がいない。無論洸たち三兄弟を暮らしの上で不自由はさせていないけれど、洸が参観日を鬱屈に思わないわけもなかった。あれは名門の子だ。それでいて素行が悪い。まわりのものから好奇の目線を向けられる両親を失った身寄りのない身を、だれも見に来ない参観日を、苦痛におもわないわけがない。口さがない身分だけ高い子息どもが、洸を面白く思わないものどもが、ここぞとばかりにあれにひどいことを言わないわけがない。

だから、おれが行った。

「がんばれよ、洸」

洸の同級生の保護者たちのあいだから顔を出して手を振ったおれをみて、洸はしぬほどびっくりしたようだった。整列してるなかからぱくぱくと口だけでなにかを言おうとしていたのが面白くって、思わず笑っていたらすごく注目されてしまった。東の大公候補がわざわざ試合を見に来たことで、とりあえず洸の面目は保たれたとおれは判断をしている。そのせいかあとであれの教官から深く頭を下げられたわけだが、あれはいい先生を持った。両親を失った洸を、親のように見守ってくれているようだ。

洸は優勝をした。それからトロフィーを貰う行事をすっぽかしておれの手をひっつかみ、学校の中庭で盛大にばかばかとおれに罵声を浴びせてきたのである。おれはといえばあいつがかるがる優勝したもんだから鼻が高かったのに、やつはふつうに優勝についてどうでもいいらしい。強いってのはすごいことでおれはすごくうらやましいのに、まったく宝の持ち腐れだ。

「おまえ、学校は!?」
「行ってる行ってる。大丈夫だって」
「行ってねーだろ!それにだいたい、なんで知って…」
「おまえがびりびりに破ったお知らせの手紙を繋ぎ合わせたんだよ。ちょっと探偵っぽかった」
「どあほ!」

でもまあ、洸はなんだかんだいって嬉しそうだった。半泣きだったし。だからおれは、とりあえずそれで満足をしてやることにする。ちなみにばーかカウントは継続だ。百を越えたらちょっといじめてやろう。

「…きのう、なにかあったのか?」

いつもどおり学校について、一番に図書棟に向かった。凪が先についていて、心配そうによってくる。雨に濡れた傘を畳み、おれは人差し指をたてて左右に振って笑った。学校についたらこの親友に、自慢をしてやろうと思っていたわけだ。凪のそのきれいなひとみの奥の英知は、ときおりおれでもびっくりすることがある。だからおれは、凪をびっくりさせるのがすきだ。

「保護者としての責任を果たしてたんだ!」
「はあ!?」

どうやら学校では、欠席の連絡がないのにおれが学校に来ず、しかも凪まで行方をしらないってんでたいへんな騒ぎであったらしい。とりあえず試合を見届けてから、昼ごはんを洸の先生に奢ってもらってから家に帰ったのでひとまず混乱は収まったようだけど、やっぱり学校でも怒られそうだ。

「そうか、あの大会に…」
「女子の部門は真琴さんの独壇場だったみたいだ。歴代でもっともはやく決着がついたらしいぞ」
「そうだったのか。…真琴はそういうことを話さないからな。帰ったら、おめでとうと言おう」

本を選びながら顛末を話すと、ちょっとつまらなそうに凪が答えた。真琴さんをちらりと見たけれど、なんかものすごく強そうな人だった。さすがは帝国が誇る騎士団長の娘である。

「きみの騎士は、きっとすごくうれしかったと思うよ」
「あはは、そうかな」

くすぐったくてそう笑うと、凪がおれの腕をつかむ。それに凪らしくもなく力がつよく籠められていたから、おれは思わずかれを振り仰いでいた。おれと同じ背丈のはずの凪のからだが、なぜだかひどく大きく見える。それは凪が、あまりにも年相応でない憂いを込めた瞳をしていたからだろうか。

「…俺だったら、とてもうれしい。きっとうれしくて、誇らしくてたまらない」

…凪はときおり、こうして、苦しくて苦しくてたまらなさそうな顔をしておれの頬にふれる。その指先はいつも、おれの頬より熱い。それから決まってかれは、くちびるを噛んで顔を背けた。おれとかれの間には、近いけれど越えられない身分の差がある。皇帝の子に、しかもたったひとりしかいない後継に掛けられる期待の大きさは、おれには計り知れないだろう。この眼を凪がするときいつも、おれはそれを思い知る。

「…凪?」
「……すまない。授業に遅れるね、行こう」

すぐにいつもの端正な笑顔になった凪が、おれの腕を引いて図書棟の扉を開く。そとは雨が降り続いていて、おれはあわてて傘を開こうとする。だけど凪は構わず先に進もうとするから、あわててその鴉の濡れ羽いろをした髪がほんとうに濡れてしまうまえに傘をかれに差し掛けた。八本の骨に包まれた世界に、雨の音が籠る。

「…郁人?」
「濡れるよ」

凪が笑った気配が、ちいさなこの空間のなかでたしかにした。それからかれが、かなわないなと呟いたのも。

「まったく、なんでおれのまわりはこんな雨の日に傘を忘れるやつばっかりなのか…」
「…やっぱり俺、きみの騎士きらいだ」
「え、そういう話してたっけ?」

雨はまだ止みそうにない。








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