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「で、何で柊ちゃんが来んだよ」
「何でお前のところに悠里を寄越さなきゃなんねえんだよ」
「いやふつう、悠里から呼び出されたら悠里が来ると思うだろう」

屋上へ行くと、雅臣がすでに欄干に凭れて空を見上げているところだった。そんなところまでさまになるから腹が立つ、と二度目になることを思いながら、柊はそれからだいぶ距離を取ったところに立つ。雅臣の全部見透かしているような笑った瞳が、空からするりと滑って柊に向けられた。

「えー、こほん。悠里が怒ってたから、俺が代わりに来たんだよ」

マニュアルはここに来るまでにしっかりと読みこんできてある。風紀委員長ルートのフラグ発生場所予想第一位は屋上だった。…椋はどこでこんな情報をリサーチしたのだろう。あの山のようなキラキラした表紙の蔵書の統計なんだろうか。

「それよりさ、お前風紀委員長なんだろ?風紀委員って、どんなことをするのか興味があって」

あくまで無邪気を装って、柊は相手のテリトリに興味を持つ。こちらから飛び込んでいかなければこの男の興味を悠里から逸らすことは出来ないと判断した。あれだけ思い切った行動を公衆の面前でしたこの男にまでフラグを立てたらますます柊が周りから注目されることは分かり切っていたけれど、あのどこか大切なところが抜けている悠里をかれの魔の手から守るためには致し方ない。

「ダウト!」

しかしいきなり雅臣が声を張り上げたから、思わず柊は身体を竦めた。いまのは無論フラグ建設のためについた嘘だったけれど、こうも真っ向から見抜かれると返す言葉もない。長い指を左右に振りながら、雅臣はにやにやと笑っている。こいつ苦手だ、と思いながら柊は思わず後ずさりをした。なんか怖い。

「な、何がダウトだって…?」
「強いていうなら、俺に興味があるってトコ」
「…お、俺は本当に」
「だって柊ちゃん、悠里のこと好きだろ」

言い繕おうとした柊に、完全にトドメが刺された。思いっきり咳き込んだ柊を見て、雅臣はけらけらと笑う。楽しそうだ。真性のSめ、と思いながら、柊は慌てて何かを言おうとして、思いつかずに口を閉じる。

図星だ。

ずっと考えないようにしていたけれど、あのもやもやの正体も、全部ほんとうは分かっていた。それを改めて第三者に−−−、それも自身も悠里が好きだと公言してはばからない人物に言われたせいで、返しようがない。その通りなのだから。

「余所から来た柊ちゃんには抵抗あるかもしれないけど。ま、そんなもんだって」

何も言えずにいる柊にそういって、雅臣は再び空を見上げた。金の髪がきらきらと陽光に輝く。今頃は1時限目の真っ最中だろうか、朝の冷たい風が柊の髪を嬲って流れていった。

「俺も最初は恋愛とか親衛隊とか馬鹿らしいと思ってたんだけどさ。入学式の日に、すげー大口叩いて挨拶した主席入学の奴がいたわけ」

柊には、その主席入学の生徒に心当たりがあった。この学校での生徒会の選出は、どうやら王道に漏れず人気投票めいたところがあるらしい。風紀委員長である雅臣は、つまりその第二位であるわけだ。上位になりやすいのは、無論注目を集めやすい眉目秀麗な生徒。しかもそれが秀才とあれば、生徒会入りは固い。

「…その大口叩いてたやつに喧嘩の一つも売ってやろうと思って探してたらさ、そいつ、音楽室に居やがったんだよ」

音楽室。そのワードに、柊の肩が揺れた。悠里は空いていた部屋だからあの第二音楽室を選んだのではなく、もともと好きだったのだろうか。そんな空間を、悠里は柊に開け渡してくれていたのだろうか。なんて。

「そりゃ見つからねえよな。みんな寮だとかクラスに居るのにさ、まさかまだ授業も始まってない音楽室に主席生徒がいるわけねえじゃん」

雅臣は、笑っている。柊の百面相がお気に召したらしい。ぎっとその雅臣を睨みつけてから、柊は続きを促すようにそっぽをむいた。にやにや笑った声のまま、雅臣が続ける。

「そしたらさ、悠里がさ。誰もいない音楽室でピアノ弾いてやがんの。しかも猫ふんじゃっただぜ?猫ふんじゃった。音外すし」

…やっぱり、あいつ、アホだろ。そんな認識を新たにしながら、笑いだした雅臣につられて柊まで笑みをうかべていた。なんていうか、すごく悠里らしい。入学したてでまだ俺様生徒会長でもない悠里は、きっとキャラづくりが甘かったのだ。

「その時の顔がすげー可愛くて。…俺、ギャップ萌えなんだよね」

雅臣に関する無駄な知識が増えたところで、柊はなんでかれがこんな話をしたのか理解出来ずにかれのほうを見た。まだ空に目をやっている金色の彼は、そんな視線に気付いて笑みを深める。

「で、柊ちゃんは?」
「は!?」
「え、今俺ライバルに宣戦布告したつもりだったんだけど」

今の、もしかして自己紹介かなにかのつもりだったんだろうか。柊は頭を掻いた。調子が狂う。もっぱらマニュアルに頼っている柊は、それに外れる行動をする人間−−−、つまり、自分がフラグを立てられない人間には弱いのだ。素の対応をするしかなくなる。

「…、俺はべつにそういうのじゃない」
「なるほど、柊ちゃんはツンデレか」
「っておま、なにメモってんだよ!?」

胸ポケットから手帳を取り出した雅臣が、何かを素早く手帳に書き付けていた。マニュアルやら読まされた本の関係でかれの言っている単語、たとえばギャップ萌えだとかツンデレだとかの意味は問題なく理解できるのだけれど。これは椋と違う方面で厄介なタイプかもしれないぞ、と思いながら、柊は雅臣を睨みつけた。

「ま、そういうことだ。悠里には愛してるぞって言っておいてくれ」
「誰が言うか、ボケ!」

とうに王道転校生を演じ忘れている柊の怒鳴り声を背に、雅臣は高らかに笑いながら軽々と屋上のフェンスを乗り越える。どうやらそのまま最上階の教室に入るらしいけれど、なんというか色々派手な男だ。追う気力も、最早なんのために呼び付けたんだっけ、と思い直す余裕もなくて、柊は肩を落とす。

「あー…、クソ」

よりによってマニュアルに一行も書かれていない「こちらから好きになってしまった場合」、こんなときどうしたらいいかなんて見当もつかない柊には、そう呟いてぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜることしか出来なかった。



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