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結局その日、柊は悠里にベッドを譲った。もともと俺の部屋なんだから俺がベッドだろ!と主張していた悠里に、そうそうに使用権を譲渡したのである。こんなふうに混乱している状況で、悠里のベッドでなど眠れそうになかった。

「パジャマ青と緑どっちがいい?」

なんて間の抜けた台詞をいっていた悠里は晩飯も用意してくれたのだけど、オムライスに名前をかかれたのには辟易をした。妹と同じような扱いである。

翌朝、学校は悠里と柊が二人で午後から抜け出したという新聞記事で持ち切りだった。相変わらず耳が早いことだ、と柊は吐き捨てたが、悠里はまたフラグを立ててしまった…と苦い顔である。これが「俺のモンだから手ェ出すな」とあれだけきっぱり言い切った男と同じだとは思えなかった。マニュアルの力は絶大である。

「いっそさ、お前と俺が付き合ってることにしちゃえばいいんじゃね?俺も楽になるし」

沈んでいる悠里に、そんなことを言ってみる。ふつうに笑って流された。心外そうな顔をして、柊は玄関に入ってすぐ近づいてきた副会長をかわすために悠里の背中に隠れる。

「あ、そうだ柊。聞いてみたらどうだ?椋という名に心当たりはないかって」
「あー…完全に今俺椋のこと忘れてたわ」
「お前、何のためにこの学校に来たんだ」

睦言でも囁くように耳に顔を近づけた悠里の息が頬にかかる。びくりと身体を竦ませて、柊はなるだけ自然に見えるように悠里の胸を押しのけた。外から見れば猛烈なアプローチを仕掛ける生徒会長とそれを嫌がる転校生の図の出来あがりである。どちらも無意識にこなしているあたり、マニュアルに毒されていた。

「おはよう、柊」

そんな二人のやり取りを見かねたのか近づいてきた副会長が、柊の手を取ろうとする。きらきらした王子様然とした男だけれど初対面で手の甲にキスをされて以来、柊はこの副会長が一等苦手だ。その手を華麗にかわして、柊は悠里を盾にする。ますます噂が立つのは覚悟のうえだった。どうせ噂が立つのならば、悠里とがいい。柊は、そんなことばかり思っている。

「俺の柊に何か用か?」

そして俺様モードになった悠里は、そんな柊の肩を抱いてそう不敵に笑んだ。何言ってんだ馬鹿、と言わなければならないところで、悠里は思わずワンテンポ遅れてしまう。柄にもなく慌てている自分を自覚しながら、少々手荒に悠里の腕を払った。

「悠里、行くぞ!」
「ええー」

そのまま腕を掴まれて引っ張ると、すこしばかり素に戻ったらしい悠里がそんな情けないことを小声でいう。茫然とする副会長にあっかんべーをしてやりながら、柊は足早に階段を上がった。

「ひ、柊?」
「俺があの風紀委員長とフラグ立ててやる。感謝しろ」
「34本目か…」

ツッコミどころがずれている気はしないでもないが、悠里からは拒むような気配は感じられなかった。それにすこしホッとして、柊はあのレアキャラを探す。悠里が言うには普段は風紀委員の根城に籠っているそうで、授業のときだけ窓から入ってくるらしい。それはレアキャラだな、と思わず相槌を打ったほどだ。

「お前じゃ避けらんなくても俺は避けれるからな」
「悪かったな…」

氷のような美貌と俺様生徒会長であることが幸いして今までは迫られることはなかったのだろうが、すでにあの雅臣とかいうやつはいつ悠里を丸めこもうとするかわかったものではない。そんな危険な相手が悠里しか見ていない状況というのは厄介だ。厄介だ、と柊は思ってしまっている。

「よォ、悠里。相変わらず腰細っせェなあ、ちゃんと食ってんの?」
「げ!」

なんて考えごとをしていたらするりと柊の手を悠里の腕がすり抜けた。振り返ると、どうやら廊下に面した窓から入ってきたらしい雅臣の腕のなかに悠里が引き寄せられている。全くもって厄介だ。

「悠里が嫌がってるだろ!やめろよ!」
「柊ちゃんだっけ?昨日はなかなかにいい蹴りをどーも」

なるほどそれは王道転校生らしいぞ、と、柊の腕に引っ張り戻された悠里が呟いた。そんな場合かアホ!と言っても悠里は上の空である。柊と雅臣が睨み合っているのを見て、俺様生徒会長としてどうすればいいのか悠里は必死に考えているようだ。

耳ざとく騒ぎを効き付けて野次馬も集まりはじめている。きゃー雅臣様、きゃー悠里様とここが男子校であるとは思えない歓声があがった。そのなかにちらほらと柊の名前を呼ぶ声も混ざっている。
ふたりとも高身長、そして正反対の美貌であるかれらが並んでいるとそれだけでいやに目立つのに、噂の転校生まで居る。しかも今はそれがこんな状況だ。新聞部に見られてなきゃいいが、と思いながら、柊は悠里を守るように雅臣との間に割って入る。

「なるほど、そういうコト」

身長の分手足もながい雅臣は、悠里の前で両手を広げた柊にそう呟くと、そのまま柊ににーっと笑いかけた。柊は威嚇するように唸って顔を上げる。所謂上目遣いだ。これで雅臣をオトしてしまおうというつもりらしい。

「やっぱりカワイイ顔してるな」
「おい雅臣、いい加減に…!」

そしてそんな柊の目論見は、一瞬当たったかのように見えた。そういって高校生とは思えないほどの色気のある笑顔を浮かべた雅臣が、柊の頬に触れようとする。そしてそれを防ぐために、悠里が柊の身体を自分の後ろに引っ張った、その時。

柊は刹那、大好きな子をとびきり時間をかけて拵えた罠に完璧に嵌めた子供のような顔をした、意地悪さという下地に隠しようのない好意や喜びを飾り付けた雅臣の笑みを目視する。その手がするりと伸び、柊に触れるはずだった手は最初から決まっていたことのように悠里のおとがいを固定した。

「―――!!!」

瞬間、声にならない悲鳴が上がる。それと同時に、廊下や教室から息を呑んで事の成り行きを見守っていた生徒たちから、まさしく洪水のような絶叫が上がった。





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