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洸と真琴が何やら言い争っているのを傍目に、シオンは何かの機械に繋がれた試験管を見上げる。破壊され、すでに試験管は形を留めていなかったが、その傍に魔石の欠片が硝子の破片に混ざっているのを見つけた。それを硝子で手を切らぬよう気をつけて取り上げてみる。シオンは掌の上に残った魔石の破片を見て、訝しむように首を傾げた。

「ラインハルトさん、見てください。どうやらこれ、一種類の魔石しか使ってないみたいです」

寸分たがわず兵士の身体を撃ち抜きながら、ラインハルトもシオンが何かを調べているのに気付いて歩み寄ってきた。覗きこんだシオンの色の白い掌の上にあるのは、どれも緑のいろをした魔石に見える。風の魔石だ。

「そのようだな。さすがは海の帝国、というわけだ。魔導砲よりもっと性質の悪いものを研究していたのだろう」
「ご名答!」

突然声を掛けられ、驚いてシオンが顔を上げた。にーっと満面の笑顔になってこちらを見ているのは、赤髪の騎士。咄嗟にラインハルトが構えた銃を眉間に突き付けられながら微動だにしていなかった。…そういえば、この騎士は郁人の剣を首筋につき付けられてもすこしも動揺をしていなかったのを思い出し、シオンはぞくりとする。

「軍部上層がスパイにまみれてることなんて、俺たちの間じゃ暗黙の了解だった。まともな兵士も知っていたことだ」

ラインハルトが銃を引いたあと、竜司はにこにこと笑いながらそう言った。目だけが笑っていない。剣術の達人独特の肌が引き付けられるような感覚を覚えながら、ラインハルトは口を挟むことなくその言葉を待った。

「山の国に漏れることを承知で皇子は魔石の研究を指示した。傭兵団が海の国を狙って動き出しているのを、牽制するためにね」

どうして部外者と分かっている二人にこんな話をこの男がしているのか、ふたりは少しも真意を掴めないでいる。救いを求めるように洸の姿を探したが、シオンが目にしたのは真琴の後ろ姿だけだった。

「森の国の魔石を密輸入させたのは、そっちも巻き込むためってわけ。どうせ軍事力じゃ森の国はこっちに劣る。だけど空気読めない傭兵団が東の街にやらかしてくれちゃったから、事実上膠着状態だった軍のスパイも山に戻らざるを得なくなったってワケだ」

しかも、あの東の街にねえ。僅かに面白がっているふうな声で、竜司がいった。確かに、侵略者である山の国の人間と知れたらただではおけないだろう。処刑も考えられる。それを考えるとあまり長く城に構っていられないのは当然だった。

「そういや、或人弟は?」

竜司が左右を見回してそう尋ねたのと、洸が駆け寄ってきたのはほぼ同時だった。なにやら駆け寄ってきたらしい部下に大声で指示を出している真琴と合わせて、ただごとではないのは明らかである。ラインハルトと竜司の視線を受け、洸は顔をひきつらせたまま話し出した。

「どのくらいかわかんねえけど、かなりの人数が糞皇子を殺しに向かってる。…悪いけど、ここ、頼めるか?」
「わかった。行け」

答えを聞くより先に、洸はすでに廊下に身をひるがえしていた。聞いてないんじゃないか、とラインハルトはため息をついて、その背中に追い縋る黒の鎧を撃ち抜く。その背にぴたりと身体を寄り添わせ、両の手に構えたナイフを弧を描く軌道で投擲したシオンが心配そうに眉を寄せた。

「相当焦ってましたけど、大丈夫でしょうか…」
「ここは任せた!鼠一匹逃がすなよ!」

響いた言の葉に、思わずシオンが身を竦ませた。りん、とそう叫んだ真琴が、洸の背中を追って走る。えっちょっと待って姫、と竜司がなにか言ったようだったが、無論無視だ。騎士の証の剣を手に、瞬く間に視界から消える。

「…騎士という生き物は、俺には分からんな」

ため息交じりに吐き出したラインハルトに、シオンは苦笑いをした。竜司はといえば深い深いため息をついている。たしかにあの女性に何かを任される、というのは、そうとうに重荷に違いないだろう。

「聞いたか、お前ら!明日の朝日が拝みたかったら、何が何でもここで止めろ!」

そう剣を掲げ、竜司は磨き抜かれた床を蹴って敵陣のただなかへと斬り込んでいった。いらだち紛れなのか力任せに薙ぎ払うその背中は、洸と対等に渡り合う実力の持ち主なだけあって危なげがない。思わず目で追っていたラインハルトは脇腹を突っつかれて眉を寄せた。

「ラインハルトさん、いいですか」
「…好きにしろ」

うずうずと肩を震わせていたシオンが、そうラインハルトが言ったのとほぼ同時に弾丸のようなスピードで飛び出していく。竜司を揶揄うように、かれが構えた剣を蹴って跳躍をした。思わず顔を上げた竜司の目前に、逆手に構えたナイフを二本の腕のように繰るシオンはすでに影も形もない。シオンはかれが片付けていた兵士たちの頭を踏み付け、竜司を挑発しながら先をいく。

「…売られた勝負は買う主義なんだけどなあ、俺」

犬歯を見せて笑った竜司が、剣を構えてその背を追った。何をやってるんだか、と呟いて、ラインハルトは破壊の限りを尽くされた研究室を見回す。

山の国はもともと、資源の不足をどうにかして補うために悪戦苦闘している国であった。これ以上海の国の軍事が発展しては勝ち目がないと思ったのだろうか。森の国は軍事的には弱い立場にある。魔石の輸出によって金銭的には豊かだが、これだけ思いきった侵略を受ければひとたまりもないだろう。だのに何故、山の国は強大な海の国を狙ったのか。
ラインハルトは、それが気になっていた。

それだけのものが、この研究室にはあったのだろう。他国を牽制するための研究が、本末転倒この上なかった。不毛なものだ、と思いながら、ラインハルトは銃のトリガーを引く。国に戻ったら、コルネリアと沢山話すことがありそうだ。彼女の怜悧な美貌を思いだしながら、僅かにラインハルトは眉を寄せた。ここまで派手な事件に首を突っ込んだのがしれたら、きっとただでは済まないだろう。

自らの身体を掻き抱くようにしながら、ラインハルトは二人の騎士が駆けていった細い通路に目線をやって、ため息をついた。




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