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「…お前の妹さ、やっぱり人選ミスだわ」

案内された悠里の部屋は整理整頓がしっかりとされた、無駄に台所の充実した場所だった。聞けば悠里はばっちり自炊できるらしい。ほかにも自分でいろいろ何かとやっているようで、いまもぱりっとアイロンの効いたカッターシャツを柊に手渡したあとソファに座って柊のシャツのボタンをつけなおしてくれている。

「そうか?…泊っていくのはいいけど、パジャマ俺のでいい?」

氷のような美貌の俺様モードを、そういえば近頃柊は目にしていない。そのせいか柊は、悠里の素に慣れ切ってしまっているようだった。ツッコミを入れ損ねる。頸筋を悠里に見られるのがなんとなく気はずかしいので、さっき勝手に蒸しタオルを作って痕を消してしまった。

「いいけど…、お前さ、それでよく俺様キャラやってこれたよな」
「一度切り替えればそのままいけるからな。慣れたもんだ」

ボタンを付け終えた悠里が糸を切って、それを丁寧に畳んで柊に手渡した。家ではいつもやっていたんだ、と笑っている。どうやらこのカッターシャツは貸してくれるらしい。

「昼飯、もう食堂にいく時間はないだろうな」
「ったく、午後俺体育あるんだけど」
「簡単なのでいいなら作るけど」
「…やっぱお前、今からでもいいからジョブチェンジしろ」
「別に俺様生徒会長は職業じゃないぞ」

そういうと、悠里は立ち上がって台所に向かった。苦手なものとかあるか、と聞かれたからピーマンと答えたら笑われる。

「かわいーのな、柊」
「うるせェ」

振り向いた悠里が笑う。相変わらず、笑うととてもかわいい。思ったことを首を振って掻き消して、柊は悠里の部屋を見回した。机の上に放り投げられているのは俺様生徒会長マニュアルである。端のほうに、「親愛なるお兄ちゃんへ・麻里」というサインがしてあった。こちらの弟である椋はどこでなにをしているのか、と柊はため息をつく。

昔から、椋は柊のあとばかりついてきていた。お兄ちゃんお兄ちゃんとついてくる椋が可愛くて、柊は気弱で引きこもりがちだった椋を守るために喧嘩に強くなったのだ。

そんな椋がおかしくなったのは、中学に上がってからだった。日に日に得体のしれない本が増えてきて、やけに兄の友人を気にすることになったのだ。問いただすと椋はあっさりと自分が所謂腐男子である旨を白状したのだが、「ネタが欲しかった。今は反省している」というまったく悪びれのない回答しか返ってこなかったのをよく覚えている。

それで、その挙句が失踪だ。両親はまあまあ椋ちゃんが自主的にそんなことをと感涙にむせいでいたが兄はそれどころではない。こうして身体を張って、椋の誘いのままにこの学園に飛び込むほどには弟を愛していた。

机の上には写真立てがある。どうやら悠里の家族写真らしい。

この元気そうな少女が妹だろうか。壮齢の男性はりりしい顔立ちで、母親と思しき女性はどことなく悠里に似ている。どうやら悠里兄妹は母似らしかった。
悠里は、いまは半端に伸びてワイルドさやらを演出しているらしい黒髪を短く切って眼鏡をかけ、真面目そうに制服をきっちり着込んでいる。中学時代だろうか、どこかまだあどけない表情はどちらかといえばカッコいい系よりカワイイ系に分類される気がした。これがよく、ここまで化けたものである。

「ほい、焼きそば。…って何見てるんだ」
「この真面目そうなの、お前だろ?」
「俺。それから数カ月後、俺は妹の徹底的かつドSな指導のもと俺様生徒会長として生まれ変わったのであった」
「全然生まれ変われてねーけどな」

キャベツと人参の入った焼きそばをずるずると食べながら、柊は写真の悠里をもう一度見た。きっと髪を下ろし、もう俺様なんて似合わない役どころを演じなくても良いんだよと言ってやってから眼鏡をかけたらきっとこんな顔になるのだ。細められた眼差しがやさしい。どちらかといえばクラス委員長が似合いそうな顔だなあと関係のないことを考える。

「お、うまい」
「そりゃよかった。ここの食堂、法外な値段だからな。生徒会だから補助金は貰えるけど、それはどっちかっていうと家族に送ってやりたいし」
「孝行息子め」

さっさと食って授業棟に向かわないと遅れるぞ、と柊に発破をかけて、悠里はその写真を愛おしそうに目を細めて見た。家族が大切なのだろう。それは、柊も同じだ。だからその表情の意味はよく分かる。

「その日会った出来ごとを麻里にメールしてって言われてるんだけど、今日のはなんて送ればいいかな」
「転校生に焼きそば作ったでいいんじゃねえの」
「ささいなことじゃネタにならないって怒られる。やっぱり転校生が頸筋にキスマークつけてたでいいか」

どうやらからかっているらしい。そんな声色をしている。もう残ってねーだろ、と言いながら、柊はきれいに平らげた焼きそばの皿を悠里に手渡した。

「ごちそーさん」
「お前食うの早いよな」

どことなくうれしそうに悠里がいう。相変わらず、氷の生徒会長の顔はどこへやったのかなさけのないへにゃりとした笑顔だ。それにどうしようもなく胸が高鳴るのを感じ、そして感じたことをなかったことにしてから、柊はちいさく肩を竦める。

「待ってっから、ゆっくり食え」
「おう。…って、そんなゆっくりも食ってられないじゃん」
「ちょっとぐらい授業に遅れたっていいだろ。俺様何様会長様なんだから」
「それはそうだけど、クラスにあいついるんだよ。風紀委員長。あいつに目ェつけられたくないの」

フラグ立ってたっけ、とわれながらいやな考え方をしてしまっていた柊の心情を察したかのように、悠里は平気な顔をしてつらりと説明をしてくれた。

「フラグ立ってないと思うぞ。あいつ俺狙いだから」




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