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「さて柊くん。これでめでたく33本目、俺様生徒会長とのフラグも建立なさったわけだが」
「てめえのせいだろうが!」

とりあえずそのまま柊を肩の上に担ぎあげて絶句する生徒会メンバーの間をくぐりぬけた悠里は、人気のない特別棟の非常階段まで来てから口を開いた。さんざ暴れていたとはいえお互いの手のうちなどわかっている(マニュアルを読んだため)ために柊の抵抗だって本気ではない。喧嘩のひとつも経験のない俺様生徒会長もどきの腕など、ほんとうはいつだって振りほどけてしまえたのだけれど。というかこの目の前のもどき、追手がこないと分かった途端に柊を地面に落としてくださった。どうやら重かったらしい。

「あーくそ。あーーくそ。これはフラグすぎる。われながらフラグすぎるぞ、悠里」
「『氷の生徒会長、熱愛発覚!?』明日の学校新聞の見出しは決定だな」
「書記口軽いからなー…」

柊は下心のある、即ちフラグの立っている人物に触れられることを嫌った。様々な接触の悉くをかわしてきた柊が、あろうことか生徒会長(俺様)に大人しく抱きしめられているところを見られてしまったのだ。見ようによってはしがみ付いていたのは柊であった。これは痛手である。東雲悠里は柊にとって特別な存在なのだと知らしめたようなものだ。

「しまった。俺はまだ食堂でほっぺにキスイベントを済ませていない」
「お前のその性格ほんとうらやましい」

並んでちょこんと非常階段に腰掛けたまま、ふたりはお互いに動揺しながらそんな会話をした。これは大いに不味い。柊からすれば生徒会長ルートに進む可能性が限りなくアップしてしまったし、悠里だって転校生攻略ステップをだいぶ進んでしまった。それぞれマニュアルの話だが。

「…落ちつこう、柊」
「そうだな、落ちつこう」

どちらともなくマニュアルを取り出したところで、ふたりとも思いとどまった。ふかく、ふかく深呼吸をする。悠里の手が、ぎゅっと柊の服の裾を引っ張った。

「俺今、危うく次のチャート調べるところだった」
「俺もだ。…洗脳って怖いな」

ちらり、と悠里の不安げな顔を見て柊は噴き出しそうになる。なにが氷の生徒会長だ、と思った。どちらかというと…、と考えたところで慌てて頭を振る。悠里は柊にとって数少ない…そして日に日に減っていく感のあるまともな友人のなかでも、もっとも信頼できる人間だ。傍にいれば、そのくらいわかる。そんなかれにマニュアルをあてはめるのはなんとなくいやだった。

「柊?」
「あ、悪ィ。…これからどうしようなー」
「探してるだろうな、あいつら」

悠里にとっては同じ生徒会の仲間なのだが、こうなってはただではいられないだろう。何せかれらはすでにしっかりと柊の攻略対象入り(マニュアル内の用語)なのだから。悠里に、悪いことをしてしまった。

「…その、大丈夫か?お前。あいつらと」
「まあ、なんとかなるだろ。俺様生徒会長ならそんなの物ともしない」
「悠里さ、ケンカの一つも出来ねーんだから」
「そこだけはどうにもならなかったな。麻里、あ、妹なんだけど。麻里には地元の暴走族潰してこいとか無茶ぶりされたけど、さすがに俺でもむり」

書記は空手の黒帯だしあのチャラそうな会計はあれで剣道の段持ちじゃなかったっけ、と思い出しながら、柊は眉間に皺を寄せた。

悠里は確かに、「俺様生徒会長だ…」と柊が呟いてしまうほどには高度な擬態技術を持っていた。アシンメトリーの黒髪も切れ長の目元も、なんとなく色気があるように見える面立ちも常人とは違うオーラがある。まさしくこの学園に君臨するのに相応しいほどの。
オーラって気合で出せるんだぜ、とそんな男に言われた日には気も抜けるけれど。

柊などはかれのそれが妹手作りのマニュアルに基づくものだとしっているからいいが、他の連中はそれが悠里の素だと思っているに違いない。そのノリで殴り合いにでもなったら、こいつは間違いなく負ける。それは喧嘩慣れした柊にはすぐにわかることだ。よく見ればすぐにわかる。筋肉だってろくについていない悠里に喧嘩などできるわけがなかった。

「柊に止めてもらえばいいんだけど、そういうわけにもいかないだろ」

流石に殴り合いについてのマニュアルの項目はなかった気がするし、と悠里が呟く。ここはあれか。あいつらのまえでこいつは俺のモンだからな、という場面か。柊に聞くと殴られた。

「これ以上フラグ立ててどうすんだよ」
「…いや、どうしよう」
「俺、椋みっけたら転校する気満々だったんだけどな…」

仮に明日椋が見つかっても、柊には悠里を放り出すことが出来ない。間違いなくやっかいな敵を作ってしまった悠里ひとりこの学園に残していくのは、あまりに酷だ。柊は口は悪いが面倒見は人一倍いいのである。

「大丈夫だ。なんとかするさ」
「アホか」

笑顔で言い切ったのをばっさりと切り捨てられ、悠里は拗ねたように遠くを睨みつけた。なんとなく微笑ましくて、こんなときなのに柊はくつくつと笑ってしまう。

「何で笑うんだ」
「拗ねんなよ、俺様生徒会長」
「王道転校生はそんなニヒルな笑い方しないって。もっと天真爛漫に笑えよ」

いつのまにか、悠里まで笑っていた。…前から思っていたけれど、と柊は目を細める。こうして素の悠里は笑うと、とても可愛く見えた。

「…って」

毒されている。これは完全に、この学園の空気に毒されているぞ!突然ぐしゃぐしゃと頭を掻きまわし始めた柊に、悠里はわけもわからず混乱している。そんな彼にとりあえず盛大に謝りながら、柊は悠里を直視出来ずに俯いた。



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