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「ゆーりー、腹減ったー」
「…お前はすこし警戒感というものを」

先の一件以来、悠里と柊は急速に親しくなった。一月あまりたった今では柊はもっぱらかれを探して生徒会室を空けがちな副会長以下の裏を掻き、たいていの暇を生徒会室で潰している。どうやらぼろくそに言っていたわりにテンプレートから大幅にはみ出した行動を取れないのが柊らしく、生徒会副会長らに会うとそれなりのフラグを立ててしまうのだそうだ。

「…だってよー、怪我してたら絆創膏くらいやるだろ、ふつう」
「ま、そうだな」

応対用の長椅子に寝っ転がって足をバタバタさせている柊の背中に食堂から届けてもらっている弁当のひとつを乗せてやりながら、悠里は大きなモニタを見ていた。全校生徒の顔写真をスクロール再生しているのだ。

それは、椋―――、柊の探し人を探すために他ならない。悠里の人生で初めて出会った同じ境遇の人間である柊に、悠里は全面的に協力をしてやっているのだ。

椋というのは、柊の双子の弟らしい。顔はあまり似てない、と柊はいったが、そのあとにぼそりと「まああいつのことだから変装のひとつやふたつしてそうだけどな」と呟いていたので当てにならないだろう。どうせこの時期はあまり仕事もないので、こうして暇潰しがてら付き合ってやっているのだ。高校に入って以来まともに「友達」と呼べる人間がいなかったせいで、柊と一緒にいるのはたいへん楽しい。確かにきれいな顔はしているが口が汚い柊は中学の時の明け透けな友人たちを思い起こさせた。

「こいつはどうだ?副会長の親衛隊の副隊長らしいけど」
「ちがう。もっとタッパある」
「そうか」

タッパってなんだろう、と思いながら、悠里はとりあえず頷いてスクロールを再開させる。
柊が所持していた「王道転校生マニュアル」を悠里も読ませてもらったのだが、すさまじい分厚さだった。悠里のマニュアルと同じ、いやそれ以上の厚さである。六法全書も真っ青だ。しかし椋はご丁寧に重要な箇所にふせんをつけてくれていた。読みやすい。たしかにあれを弟の手がかりを探すために隅々まで読んでいたら、フラグ立て魔にもなるというものだ。

「絶対お前らの周辺にいると思うんだよなー」

割り箸を口で割ったあげくにオヤジ臭いくしゃみをしている柊を、かれに恋焦がれる大勢が見たらきっと落胆するだろうな、と思う。けれどそれは悠里も同じだ。おそらく悠里のファンもきちんと椅子に座って背筋を伸ばし、手を合わせてから弁当を食べるような俺様生徒会長は見たくないだろう。
それを気がねしなくていい分、柊といる時間は悠里にとって思っている以上に安らぎになっていた。二年生の半分までデータを進めたところで、今日のところは止めにする。

「しかし、凄い行動力だな。恐らくはこの学園のマンネリ化に耐えかねてお前をここに来るように仕向けさせたんだろうけど」
「マンネリ化してたのか…」
「昨年度のニュースは学園祭の劇のさなかに告白からの三つ巴争奪戦があったくらいだからな」
「十分おかしいぞ。ここ男子校だろ」
「お前のクラスにいるけどな。その三人」

口の端から海老フライの尻尾をはみ出させた柊が、じとりとした視線を悠里に向けてきた。同じ学年ではあるがクラスが違うので普段の柊のことはあまりしらないが、その反応を見るとしらなかったらしい。ここは本当にどうなってるんだ、と尻尾を噛み切った柊が吐き出した。

つい、とその細い顎が上がり、悠里を向く。視線に気付いて箸を置いた悠里に、柊はかれらしくもない気弱げな声をかけた。

「…悲しいお知らせがある」
「なんだ」
「そういえば、昨日ふつうの友達だと思ってたやつに告白された」
「…その、なんだ。フラグ32本目おめでとう」

抱いてくれって言われた。憔悴しきった声で付け加えた言葉のせいで掛ける言葉を探しあぐね、結局悠里が言えたのはそんな一言だけであった。柊はそのきれいな顔立ちと、そのわりには均整のとれた肢体や無駄な運動神経のせいでマニュアル上でいう受けからも攻めからも人気が高い。それがフラグ立て魔の名を(悠里のなかで)欲しいままにする一つの理由でもある。

はあー、という長いため息をつき、驚きの速さで弁当を平らげたらしい柊がソファから立ち上がって悠里のほうへ寄ってきた。

「どういうことだ。お前以外にまともな人間はいないのか」
「いや、多分俺とお前がまともじゃないだけだと思うぞ…」

俺が生徒会長やってなかったら、多分風紀委員長が生徒会長だったろうし。そもそも俺ここに来るはずじゃなかったし。なんていっていたら、柊はますます肩を落とした。弁当をゴミ箱に放りこみ、悠里の弁当から海老フライを一尾かっさらう。

「あっ、お前」
「傷心の俺を癒してくれるのは海老フライかよ…」

なんだかそれがあんまりに哀愁漂う姿だったので、悠里は海老フライの一本くらいいいかと思ってしまった。まあまあ、と柊の肩を叩いてやる。免疫があるからいいものの、これが全くの知識のない人間だったらそれは空気読めない子になってしまうだろう。しょうがない。受験期に山のように読まされた薄かったりキラキラしてたりする本を思い出して胸やけをしながら、悠里は柊の口にもう一本海老フライを差し伸べてやった。

「うう、こころの友よー」

どうやって消えたんだろう、ってほどの速さで尻尾だけになった海老フライを見ながら悠里は肩口にぐりぐりと押しつけられる柊の頭を撫でてやる。可哀そうな奴だ。つくづく妹が生徒会長好きで助かった、と思いながら。

「…!」

声にならない悲鳴が上がったのはその時だった。悠里から顔を上げた柊の顔が引き攣る。悠里はどうしたものか、と柊にだけ聞こえる声で呟いて、頭に乗せたままの手をぐっと引き寄せる。顔面から悠里の肩に激突した柊の、ぐふっという悲鳴が聞こえた。
しかし悠里はといえば、落ち着きはらった物腰をしている。

「…邪魔が入ったな」

ふてぶてしいまでの、笑みまで浮かべて。

「てめえ、こんな時までマニュアル通り行動してんじゃねえぞ!」

これまた柊の小さく喚く声に、すまんつい、と情けないことこの上ない答えを返しながら悠里は生徒会室の扉を開けた姿勢のまま絶句している生徒会の面々を見て人知れずため息をついた。





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