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「さすが、帝国の城は違いますね!」
「大統領府は議会のような場所だからな。…おい、どうした」

正門をくぐり足を踏み入れたエントランスには、大きな噴水があった。いにしえの昔から水の恵みで発展してきたこの国らしいそれに歓声を上げたシオンと、間取りでも把握するつもりだろうか周囲を見渡しているラインハルトをよそに、洸はすこしも動かないでいる。

「…おかしい。静かすぎる」
「山の国に制圧されているのではないのか?」
「それにしちゃあ、血の痕ひとつないのは不自然だ」

洸が剣を抜き、そして僅かの間瞑目をした。郁人の言葉を反芻する。地下の研究施設、とかれがいっていたのを思い出していた。

「常駐してる中央騎士団がいないとなると、あの糞皇子の指揮だろうな」
「襲撃を見越していた、というわけか。やはりただ者ではないのだな」
「あいかわらずいけすかねえ野郎だぜ、ほんと」

洸は二人に合図をすると、地下目指して駆け出した。エントランスにある階段を降りて、そこからの細かい道順は昨日のうちに郁人に叩き込まれている。軍部のどの程度が反旗を翻しているのか洸には知る辺もないが、一刻も早く郁人と合流しなければならない気がしていた。皇帝、ひいてはこの国を守護する騎士団が不在ということは、この城は囮だ。

「あいつの読み通りだ。聞こえるか?」

階段を下がると、不気味なほど沈黙を保っていた城がとたん騒々しくなった。研究施設は思ったよりも広いらしい。剣撃の音、怒号、悲鳴、どれもが溢れている。

地下といえども城の中だけあって、すこしも不便な点は見当たらなかった。魔石による人工照明に照らされ、床もピカピカに磨かれている。ここでは戦闘は起こらなかったらしく、血痕ひとつみあたらなかった。

「伏せろ」

ラインハルトが、突き当たりに見える硝子の壁を見てそう声をかけた。何を、と洸が言うよりも先に、撃鉄が火薬を撃つ音が響く。

「!」

轟音を立てて、ガラスが光のシャワーと化した。寸の間、ふたたび城が沈黙に包まれる。思わず呆れて仰のいた洸が気を取り直して混戦地帯に足を踏み入れるまでに、しばしの沈黙が、あった。

「……姫の言う通り、か」

同じように呆れている人間が、もう一人いた。かれは何が起こったのか把握しきれていない騎士と兵士の間を縫って、その赤髪を掻きあげている青年である。兵士三人をまとめて撫で斬りにした剣を振るい、こちらをみて片手を上げた。

「あの男は、たしか…」

この混乱の犯人であるラインハルトは素知らぬ顔で、僅かに記憶の糸を手繰るように目を伏せる。それに答える形で、洸がかの男の名を呼んだ。

「あんたが何でここにいるんすか、竜司先輩」

北の大公の落胤は肩を竦め、嘗ての後輩を見てひゅうと口笛を吹く。茫然と身を竦ませている兵士に当て身を食らわせ、騎士の証である剣を振って露払いをした。その眼前を、白い風が駆け抜けてゆく。

まるで光が闇を、
弾いたようにも、
見えた。

「…襲撃は予想されていた。敵の狙いはここに集中することも分かっていた。あの怖いおねーさんに会うまでもないってことですね」

シオンはすでに、ばたばたと倒れた兵士たちの上に着地をしている。騎士と違い黒い鎧をしているせいで見分けが付きやすいかれらは鎧の継ぎ間に一撃を受け、それぞれもんどりうって苦しんでいた。

「おい、姫!名ざしだぞ!」
「誰が姫だ。…あなたは、昨夜の」

颯爽と歩み寄ってきたのは、艶やかな黒髪を腰ほどまで靡かせた女性である。白と赤で構成されたシオンを見て僅かに目を見開いたが、すぐに興味を失ったようにその瞳が細められる。彼女は騎士の証である白銀の剣を手に、擦れ違いざまに黒を弾き飛ばしながら竜司の隣に来て足を止めた。

美しい女性だった。黒檀のいろをした涼やかな瞳が、長い睫毛に彩られて真っ直ぐにシオンの肩の向こうを見据えている。意志のつよさを窺わせる瞳の光が、緩慢に細められた。柳眉を寄せ、不快そうに顎を上げる。

そんな視線をうけていた洸が苦々しい顔でちらりと見、そしてすぐに顔を背けたその女性こそ、中央騎士団の団長その人である。真琴は一般の騎士よりも軽装の鎧を纏っていたが、返り血ひとつ浴びていなかった。シオンがラインハルトの影に隠れたのを、かれは無論、容赦なくむんずと掴んで真琴の眼前に差し出す。

「御助力、感謝する。この際国家機密などとは言っていられないだろう」

真琴はそれ以上シオンに何もしようとはせず、破壊の限りを尽くされた研究室を再度振り向いた。小さな爆発があちこちで起こったのだろう、まだ煙がくすぶっているところもある。おそらくは魔石によるものだと見当をつけ、再び戦闘のはじまったそこをちらりと眺めながら洸は黒い鎧目指して駆け出していた。

「なーんだ。僕らが壊すまでもなく、ボロボロですよ、ラインハルトさん」
「そのわりには落ち着いているようだが?」

リボルバーを引き絞りながら、ラインハルトは真琴と竜司に目をやった。なにやら竜司に指揮をしていた真琴が気付いて振り向いて、僅かに桜色の唇を引き結ぶ。

「殿下のご指示だ。ここはくれてやれ、その代わりひとりも逃がすな―――と」

彼女はそう言って、未だ黒色に押されている研究室を見回した。圧倒的に兵士のほうが多い。それだけここには重要なものがあったということなのだろう。おそらく、魔導砲以上の。

「あの糞皇子はどこなんだよ」

頬の返り血を拭いながら、洸が不機嫌そのものな顔で振り向いた。真琴はむっとしたように表情を曇らせ、竜司が宥めるのを払って洸に歩み寄っていく。

「凪様を侮辱するのは、許さん!」
「だああ!そんなのはいいから!あいつは何処にいんのかって聞いてんの!」

心なしか仰け反っている洸に同情の視線を向けながら、シオンは破壊された巨大な試験管を見つけ、それに歩み寄ってみることにした。





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