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29



帝都は静かだった。昼ごろになろうかというのに、帝都、騎士それぞれの学校から喧騒ひとつ聞こえない。街にも人影はまばらだった。見張りの騎士たちも殺気立っているのがわかる。

その中を、ゆうゆうとかれらは歩いている。

「僕たちが街を出た時には人っ子ひとりいませんでしたからねー…どうしましょう」
「一気に行くぞ。準備はいいね?」

楽しそうなことこの上ない二人がはしゃいでいるのを生ぬるい目で見ながら、洸が隣を振り仰いだ。鉄面皮は黙って城を見据えている。視線で城が倒れるのではないかという鋭さだ。

「おい、鉄面皮」
「何だ、その呼び名は」
「能面みたいな顔してるのは誰だ。…軍は強ぇぞ、いいのか」
「山の国と海の国が戦争を始めれば、われらも無事では済まないだろう?争いの芽は早めに潰すに限る」
「ま、そうだけどさ」

どうやら二人だけで合図をして走りだしたらしい郁人とシオンを慌てて追いながら、洸はそう吐き捨てて剣を抜いた。郁人が固く閉じられた門の前、並ぶ騎士たちの傍まで駆け寄っていく。

「おまえってやつは、本当に!」

助走をつけて追い越して、抜き打ちに門の鉄枠を斬り捨てる。人ひとりが通れるスペースが開いたところを、郁人がそのまま通りぬけた。

「侵入者だ!捕えろ!」

槍を構えた者、剣を手にする者、それぞれが一行のほうへと群がってくる。詰め処からも騎士が雪崩出てくるのを見て、洸はため息をついた。

「それじゃ、海の国のお手並み拝見、といきますか」

ひらり。

と、まるで、手品のように布切れ一枚だけが宙を舞う。
すでにあのターバンには見切りをつけていたらしいシオンの両のナイフが、瞬く間にそれを無数の端切れに変えるさまを目の当たりにして、騎士たちがざわめくのがわかった。

「このまま真っ直ぐか?」
「長い橋だろう。…そろそろ軍部が来てもおかしくないんだが、」

そこは一先ずシオンに任せて、ラインハルトが郁人の傍らまで駆け寄ってくる。郁人は僅かに瞼を伏せると、かろくその亜麻色の髪を振った。

「…遅すぎるな」
「ったく、やっぱり大ッ嫌いだあの糞皇子!」

叫びながら、片手殴りに洸が三人の騎士をまとめて斬り伏せる。峰は返しているだろうがそうとうに痛いはずだ。しかも、殺さないことが前提という喧嘩殺法。まさしく洸のホームである。

実戦経験の乏しい騎士に、あの男の荷は重すぎるだろうと郁人はすこし同情をした。なにせ学生時代から、そうとうに有名人だったようだから。学生時代、その「強くてカッコいい不良」を紹介してくれと物見高いクラスメートたちにきらきらした目を向けられたことを思い出して、郁人はちいさく笑う。それから頭を振って、その当人に声をかけた。

「洸!作戦変更だ、お前たちはこのまま正門を抜けて進め!間に合うかはわからないが、おれはこのまま直接凪の部屋に行く!」
「…お前が何言っても聞かねえことなんて、とっくにわかってるよ」

捩じ切られた門を挟み、背中合わせで洸は郁人にそういった。どこか笑っているような、そんないろのある声である。

「さっさと片付けてすぐ行ってやるから、待ってろ」
「…ああ。じゃあまた、後でな」

その言葉にふっと肩の力が抜けた。郁人はいつもどおり、ひらりと掌を振って応じる。洸が走らせた一閃が、鮮やかに騎士たちを昏倒させていた。

門の向こうから銃を構えたラインハルトに視線で促され、ひとつ頷いて郁人は駆け出す。目指すのはこの橋を越えた向こう、花壇のうらに隠された凪の自室への隠し通路である。謹慎を命じられた凪に逃げ場はない。軍部の刺客が凪のところへ行く前に、かれのもとへ辿りつかなければならなかった。

「すぐ終わります。気をつけて!」

白の髪と肌を陽光のもとへと晒し、シオンがそういって笑っている。身長の二倍は優にあろうかという門の上に、片足一本で立っていた。そこを蹴って降りて来ざまに、数人がきりもみ状にぶっ飛んでいく。

洸はそれを呆れて見上げながら、まだわらわらと残っている騎士を一瞥した。この門の詰め処には、中央の騎士団に属する新米たちが配属されているはずだった。知り合いの顔がないことに安心をして、僅かに擽ったそうな顔をする。

「懐かしいな、なんか」
「…無駄口を叩いている場合か」
「へいへい」

郁人が無事に橋を渡り終えるところを見届けてから、洸は傷だらけの門を背に、すでに距離を測りかねている騎士たちへまるで今日の天気でも尋ねるような気軽さで尋ねてみた。

「ところでお前ら、軍部に不穏な動きとか、ないわけ?」
「さすがにこれで答えるような教育はされてないでしょーよー」

ひとりの首に足を引っ掛け、勢いよく背中を蹴り飛ばす。勢いよく熱烈なキスを地面とかました騎士は昏倒してしまったらしかった。蹴り飛ばした背中に着地をして、シオンは両の手でナイフをジャグリングする。不意を衝かれたこともあり、最早騎士たちに戦意は残っていないようだ。

「それもそうだな。じゃあ…俺たちも行くか。軍がもう動いてるのか、確かめねえとな」
「どの程度が山の国と内応しているのか、興味深いところだ。あの兵器によって何らかの行動を起こさなければならなくなったのだろう」
「まあうちの国にも、海の国と山の国のスパイは山ほどいますけどねー」

それぞれ好き勝手なことを言いながら、それでも長い橋をまっすぐに、三人は駆け出す。聳える城の正門は閉ざされていた。中からは声ひとつ漏れてはこない。だが、確かに情勢が一気に動いていることだけはよくわかった。

そのただなかに居るというのに、すこしも感慨が生まれないのは何故だろうと洸はふと思う。鞘に入れることもせず抜き身のままに持った騎士の証に目をやって、そうか、と思いいたることがあった。

郁人だ。

かの名探偵が、いるからだ。かれが導く解答はまだ終わってはいない。さらに先に進むために、またひとつ謎を解き明かそうとしているかれが、いるからだ。
ぎゅっとちからを込めて、剣の柄を握る。一刻も早く、かれのそばへと駆けつけようと思っていた。そして、聞いてみよう。「謎は見つかったのか?」と。

返ってくる言葉など、とうに洸は分かっている。あの愛しい探偵閣下はいうに違いないのだ。

「謎なんて、ひとつもなかったぞ!」…と。







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