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東の街を抜けると、街道の先に美しく聳える城が見える。朝焼けと海からのひかりを跳ね返すその壮大なフォルムはこの国の象徴ともなっていた。毎年行われるパレードで大きく開かれる正門から出てくる騎士団の行進のさまは隣国からも見学者を集めるほどの素晴らしさである。

だが、国民は通常、その中に立ちいることは許されない。中に皇帝の坐する玉座があると思えば当然だが、あの中に自由に立ち入ることが出来るのは騎士団と、そして城で働く文官やメイドたちだけだった。

「…しかし、宛てはあるのか」

ラインハルトもそれは知っていたのだろう。中央までの道すがら、そんなことを郁人に尋ねた。郁人はといえば物憂げに言葉少なく歩いていたが、それを聞いてラインハルトを振りかえる。

「城の敷地まで突破できたら、出来る。抜け道があるんだ。…たぶんまだ使える」

郁人はそう言って城を振り仰いだ。シオンが目を細め、それから微かに口元を緩ませる。かれにとってこの国は初めてだった。うつくしいと言われる城を目の当たりにして、思うところがあるのだろう。城のさんざめく太陽の光を跳ね返す外壁には水の魔石が埋め込まれ、外壁には常に水が流れている。この距離からでも陽光のもとに跳ねる水しぶきが目にできた。

「まあ、それが簡単にはいかないんだけどな。まずは城の正門。ここには騎士団が常駐してる。ここを抜けると、橋があるんだけど、それが結構長い。間違いなく城に詰めてる軍が出てくるだろう。騎士と違って学校を出なくてもなれる代わりに、あんまり行儀のいい連中じゃねえ」

洸がいうと、シオンは思案顔でかれに問いかけた。

「軍は城に常駐しているんですか?」
「全部じゃねえよ。だけど一握りの精鋭部隊は城に詰めてる。騎士サマだけじゃ問題だってな。…そのほかは基本的には有事の際の招集だけど、今は多分城とは反対の方にある軍の基地に皆いるだろ」

郁人は僅かに不思議そうな顔をして、隣を歩く幼馴染をちらりと見た。なにか言いたげに目線を動かして、それから耐えきれなくなったかのように、ひとこと。

「…思ってたより、真面目に学校いってたんだな」
「お前は俺を何だと思ってたんだ、郁人」

生ぬるい目を向けられて、郁人は頬を掻いて誤魔化した。それから近づいてくる帝都にちらりと目線をやる。

「軍も殆ど東に出ているだろう。…大公会議にどれだけ時間がかかるかはわからないが、とりあえず侵入の手はずを考えないといけないな」

朝焼けは眩しいばかりの陽光へと代わり、時刻は最早朝から昼へと移り変わろうとしていた。郁人は街道から少し離れた場所に立つ大樹を指差す。帝都と東の都の半ばにある、旅人達の目印ともなっている樹齢数百年の木だ。

「あそこで状況を整理しよう。帝都についても説明しておきたいし」

促されるままにそちらへ向かうと、開かれたその空間は木漏れ日が揺らぎ小川のせせらぎが聞こえる場所だった。懐かしそうに大樹の幹に触れていた洸が、あまやかに胸を浸す感傷を目を閉じて受け入れている。あれから色々なことがあった。…色々だ。未だ煙の上がる東の街を振りかえり、それから傍にある丸太を切り出しただけのベンチに腰かけた郁人が話し出すのを待つ。

「まず、門を突破して橋を渡ったと仮定するよ。右手に行くと古い井戸がある。そこを降りて水門をくぐると、城の中の下水道に繋がっているんだ。その先は厨房になっている。これが、ひとつ」

洸が正式な騎士であったのは、学校を卒してから郁人とともに出奔するまでのたった二年間だけだ。その間も特に城に用事はなかったから、洸があの城の内部に立ち入ったことは数えるほどしかない。大抵は郁人と一緒だったし、無論そんな隠し通路のことを知ることは出来なかった。だが郁人は違う。帝都学校の帰りにはよく城に招かれていたようだったから、恐らくその時に色々なことを聞いているはずだ。かれのことだから、それを一字一句違わずに頭の引きだしにしまっておいているのだろう。

「それからもう一つ。…これは難しいけれど、凪の…皇子殿下の自室に繋がる隠し通路がひとつだけある。それを使えば、おれひとりだけなら、なんとか入りこめるかもしれない」
「皇子の自室に隠し通路?…ずいぶんとまあ、思い切ったことをしましたね」

小鳥が隣の切り株に止まって囀っているのを見ていたシオンが、顔を上げてそう言った。驚いて飛び立った小鳥を目で追った郁人が、軽く笑って頷く。

「花壇の一角に隠し階段があってな。そこを降りていって合図を鳴らすと内側から向こうが開けてくれるっていう仕組みなんだ。昔はよく使っていた。きっと今も、そのままだ」

それは郁人の実感であった。かの親友がこの五年間どんな思いでいるか、考えたことのない郁人ではない。探偵になりたいんだ、と、最後に話したとき、目を丸くした凪の顔をかれはよく覚えている。

「どうやってそこまで行くのか、ということか。…あの分を見ては、城の中で他にも同じような実験が行われているのは確かだ。これは単なる俺の好奇心だが、それも見ておきたい」

難しい顔をして考え込んでいたラインハルトが、そういって顔を上げた。樹に凭れていた洸の顔をじっと見る。それから何かを躊躇った素振りを見せ、そして口を開いた。

「皇帝付きの騎士団長は、どんな男なんだ?」
「…それがさあ」

洸は軽く肩を竦め、再び考えごとに耽っている郁人の頭ごしにちらりと視線をラインハルトに向ける。

「女なんだよ。今の騎士団長」

えっ、と、声を上げたのはシオンだった。その拍子に、ばさばさと大樹の上のほうで鳥が飛び立っていくのがわかる。洸は僅かに表情を崩すと、長い人差し指を立てた。

「代々騎士団長をやってる家の出身なんだけど、ひとり娘なんだ。養子をもらうかっていう話も出てたらしいが結局本人が騎士団長に就任することで落ち着いた。前の団長が亡くなったから就任が早まったんだ。正式に騎士団長になったのは最近のはずだけどな。あれはすげえ女だぜ」

考えごとをやめたらしい郁人が顔を上げる。なんとなく微妙な顔をしているラインハルトとシオンをちらりと見て訝しげに目を細めた。

「…何処も彼処も、大事なところは女性がやってるんですね。…すごい女性ってあれですか。訓練と称して麻痺毒塗ったナイフとか投げてきますか」

そしてシオンがため息交じりに吐き出した言葉に、思わず郁人と洸が顔を見合わせる。ラインハルトが首肯をしたものだから二人の混乱は更なるものになった。わからないままに洸が苦笑いをして首を振ると、あからさまにほっとした顔をする。

「いや。…ふつうに馬鹿強い、きれーな女」
「綺麗なひとだったな。学校でもよく噂されていた。凪はあまり話したそうじゃなかったけど…どのくらい強いんだ?」
「俺あいつとだけは勝負してねえんだよ」
「負けるのがいやだったのか」

図星をつかれた洸が黙る。郁人はなんとなくラインハルトとシオンが先ほど指し示していた女性を認識していたが、確かにオーラからしてちょっと違ったのを思い出して、それ以上の追及を止める。それから洸が、だってあいつ兄貴よりもずっと強かったんだぜ、と、言いわけのようにいうのを聞いて、小さく笑った。





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