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何人殺しただろう。殺した数を数えるのは、暗殺者になってすぐにやめてしまった。ただひたすらに、俺は刃を振るった。普段はほかの護衛がいたから、背後を取られることはなかった。ひとりで多数を相手取るなんていう離れ業は、暗殺者にも、護衛にも、必要なかった。
横合いから叩きこまれた剣撃を、咄嗟に片手殴りの剣で弾く。護衛の剣に嵌められた宝玉が刃を止めていた。ヒビが入り、砕け散る。破片が目に刺さったのか、仰け反った軍人の咽喉を薙いだ。血が頬を濡らす。柄を砕かれた剣はもう使い物にならなかった。じんと痺れた手を振りながら、近付いてこようとする暗殺者に剣を投げつける。ナイフよりも幾分重かったが、問題なく扱えた。

数がずいぶんと減った刺客たちを前に、体勢を整える。息はまだ上がっていない。四方が敵、背後に神子。再び飛び出す。軍人も、暗殺者も、もうそう多くない。剣のかわりにナイフを抜く。暗殺者、だった頃のように。懐かしく思いながらそれを振るう。やっぱり剣よりこっちが向いている。もう斜陽は地平線を潜っただろうか。

「この、」

信じられないような顔で俺を見ていた教官が最後に残った。訓練で失敗するとき、何度となく殺されかけたのを思い出す。殺された同胞たちを思い出す。教官のことが死ぬほど怖かった。いまはそれより、怖いものを知った。ナイフを両手に構え、息を整える。教官より一歩早く、地面を蹴った。

裏切り者。

そう叫んだ教官の声は、喉を貫いたナイフのせいで聞こえなかっただろうか。それともそれは、ただの俺の願望か。

「…ッ、!」

渾身の力でナイフを振り抜く。どん、と音を立てて教官の身体が倒れた。ぴくんぴくんと痙攣して、動かなくなる。神子の前に立ち、ほかに動くものがいないかを周到に確認した。敵しかいない。屍しかない。まるで昔みたいだと思った。まだ自分のしたことに思考は追いついてなかったが、後悔だけは少しもなかった。目を見開いたまま、硬直している神子の手をつかむ。神子の手はあたたかかった。神子は生きていた。その事実に胸をやかれ、息が詰まる。つよくその手を握った。血がついてしまうだろうが、許して欲しい。大聖堂から外に続く扉を蹴り開ける。もう日は落ちただろう。そこにあるのは夜の街だ。広い空だ。駆け出す。神子の手を引いて、再び。

約束を果たす。

清々しい空気がほおを撫でた。夜の風だ。神殿のシンボルである、噴水の近くに出る。

「…っ」

神子の喉が鳴った。かれの待ち望んだ外だった。かれを振り向く。真紅の瞳が、左右を見る。神殿の外で神子の成人の儀の知らせを待ちわび、ともに喜ぼうとしていた民衆たちが目に入る。

その唇が、わなないた。

「…ああ」

街は祝賀の気配に溢れていた。しかし、突然現れた人影に、民は水を打ったように静まり返っている。噴水の音だけがする。清廉な水の音だ。真紅の瞳はいつもより多く付けられた街灯によってあかあかと照らされている。そこから透明な雫が湧き上がり、零れ落ちるのを、俺は見ていた。その瞳が見つめている。あれだけ安寧を祈り、平和を願い続けた民を。街を。こころが打ち震えた。見せて、やれた。外の世界を。かれが作り上げた平和を。かれを慕う民を。

初めて民の前に姿を現すとはいえ、その服装を見れば、特異な銀の髪を見れば、かれが誰かはすぐにわかる。すこし血が跳ねたローブを纏い、ずれてしまった宝玉のついた帽子を被った白銀の髪の男を、民衆もまた、じっと見返していた。

「…神子さまだ!」

叫んだのは、誰だったろう。一瞬ののちに、耳を覆いたくなるほどの歓声が街を覆った。神子はそれを、ふつふつと涙をこぼしながら呆然と見ていた。これでいい、と思う。約束を守れた。俺はかれの護衛でいられた。いままでと何にも変わらない。そう思って欲しかった。

そうしていつか、神子のもとへあんな手紙が届くのなら。積み重なる手紙の山に神子が戸惑うなら。そしてそれから、神子が笑うなら、俺は幸福だ。神子のこころに触れ、そして俺は、そんなことを思えるようになっていた。

立っていられなくなる。さすがにあの人数と、そして教官を前にして無傷ではいられなかった。目が霞む。神子が膝をついた俺を振り返る。うまく笑えただろうか。思えば、俺が笑ったのも、初めてだったかもしれないな。笑みが自然に零れるものだということを、俺は素直に受け入れられた。

「…っライナス!」

神子が俺の名を叫ぶ。もう一度呼んでもらえた。しあわせだった。









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