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俺が護衛になってから一年ちかく経ったころには、神子は俺以上に饒舌になった。民の安寧。この国と、隣国と、そのまた隣国の平和。どうでもいいことこの上ないそれを、戯れのように俺に語る。ただでさえ一日に何時間も結界の中でなにか祈りを捧げては、神殿のお偉いさんどもと小難しげな話をしているくせに、それでもなお祈ろうとする。

「私には祈ることしか出来ないからな。たとえばお前や、かれらの安寧を」

紅い瞳は日光に弱く、失明を恐れた神殿のお偉いさんの意向で神子は外の世界を見ることが出来ないのだということを知ったのもそのころだった。人工灯しかないこの神子の部屋の意味も、あれだけ民の安寧を祈りながら神殿の外を見ることが出来ないのだとかなしげにいう理由もそこにあった。

「私が女であったなら、いつかここから城に移るその刹那だけ、街で暮らす民の様子を見られたのだろうけれど」

俺は街の話をした。神子が祈りを捧げる間だけが護衛の休息の時間であり、俺はその時間に神殿を出ては街に行った。
神子が知りたがった街の様子を見たり、好んだ果物を買って戻ったり、頼まれた書物を選んできたりした。ほかの護衛がそうするように、神子の望むことは何でもした。

必要ないとはわかっていた。護衛は死なない限り解任されない。だから、俺に神子の機嫌を取る理由はない。だが俺の足は勝手に崩落した橋の再建を確かめ、俺の腕は新鮮そうな桃のカゴを抱えて神殿に戻った。いつの間にか神子に情が湧いているのだ、と頭では理解していたが俺はそれを認めようとしなかった。俺はこの男を殺すためにここにいるのだから。

「命があるまで、動くな」

教官のその指示さえなければ、チャンスは何度となくあった。ほかの護衛は最古参になった俺を、暗殺者に毛筋一つ怪我を負わされない俺を尊敬しているようだった。俺が神子のそばに控えると安心出来るなどとのたまった。同じ技術を習っているのだから俺が暗殺者に勝つのは当然のことだったが、俺は無論それを口に出さなかった。神子は俺ではない護衛にカーテンを開けさせ、惨状を見て、それから俺を見る。真紅の瞳と目が合う。その瞳は静かに瞬き、それから躊躇うように伏せられるのだった。いつも。

神子は笑わない。笑顔を見た記憶はほとんどなかった。あるとすれば、はじめて出会った時、俺を護衛にしたあのときの、わずかな笑みだけ。俺の全てを見透かすような、あの笑みだけ。

最近俺は、あの笑みの意味を考えている。どうすれば神子は笑うだろうかと、考えている。











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