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「…ライナス。お前は、護衛になる前は、どんな仕事をしていたんだ?」

神子はあまり口を開かなかったが、襲撃もない穏やかな夜には、少しずつぽつりと何かを語るようになった。俺も退屈この上なかったので、それは好都合でもある。神子が語るのは古来のアホらしい決めごとのせいで神殿の外へと出られないことへの嘆きであったり、神殿のなかで起こったコックの結婚だとかそういう些細な慶事への言祝ぎであったりしたが、ある日、そんなことを俺に尋ねてきた。

「民の救援です」
「そうか。…お前は、この国じゅうを飛び回っていたんだったな」

少しだけ羨ましそうに神子が言ったので、俺はなんとなしに、俺の部屋の邪魔をする手紙のことを神子に話してみた。復興や救援の指示を出していたのは神子だ。神子に渡してしまえばいいと思った。部屋が広くなる。…神子もすこしは、退屈をしなくなるだろう。

「…お前に宛てられた手紙だろう?」
「…ひいては、神子に宛てられたものかと」

なんてうまく言いくるめて、俺はまんまと翌日手紙の山を神子の部屋に運び込んだ。神子はぎこちない手つきで封を開け、手紙を熱心に読んでは俺に語り聞かせて来る。それには俺や神子への感謝の言葉だけではなく、俺がすんでのところで夜盗から救った子供がその後教団兵を志願していることや、復興を遂げた街が収穫期を迎えたことなんかが書いていたようだ。神子は嬉しそうだった。見ることのできない外の世界に、神子が間接的に救った相手がいる。それを、ようやく実感できたらしい。

「…民の暮らしを、この眼で見てみたいな」

今日の分の手紙を読み終えた神子が、そう言って分厚いカーテンで覆われた窓を見た。この部屋を出た大広間にも、窓はひとつもない。この部屋は人工灯だけで照らされている。

「窓の見えるところまで、お供しましょうか」

余計なことを、と自分でも思いながら、俺はそんなことを口にしている。もともと無口だったのに、神子の護衛になってからは、神子が何も言わないせいか口数が増えていた。

「…いや、いい。ありがとう、ライナス」

寂しそうにそう言って、神子は目を細めた。神子は笑わない。嬉しそう、だとか、悲しそう、だとか、そういった感情を俺が感じることが出来るのは、その瞳のきらめきだけだった。

「ライナスは凄いな。その手で民を救える。ひとを守れる。…私とは大違いだ」

カーテンの向こうで、剣戟の音がする。俺は油断なく剣を構え、神子の傍らに控えていた。きょうの襲撃は控えめなのか、神子も護衛の死を予見するふうがない。ほんのすこしそれに安堵をする。血まみれて死ぬ護衛を見るのも、それを嘆く神子を見るのも、あまり好ましくなかったから。

「…何を仰せられます。神子は多くの民を救っていらっしゃる」

白々しい声音でそんなことをいう。神子が言いたいことがこんなことではないことなど、俺はすでに知っている。神子はその手を民に差し伸べたいのだ。ひとりひとりに。馬鹿だ、と思う。どうしてそうしてまで、他人のことばかり慮るのか。

「…私のせいで、多くの者が死ぬ」

尤もだ。返す言葉もない。神子を守りたいがために、神子を殺したいがために、たくさんの人間が死んできた。俺は神子を守るために人を斬り、神子を殺すために人を斬っている。不毛だった。

「……ですが、神子よ」

気の効いたことひとつ言えない俺に、神子は黙って首を振った。すこしだけ寂しげな眼をして、そっとカーテンを開ける。血の滴る剣を提げた護衛たちが、一列に並んで頭を下げていた。

「ご苦労だった。…天に召されたわれらが同胞に、祈りを捧げよう」

死に絶えた刺客たちのもとへ、神子が歩き出す。硝子で出来たこのうつくしい檻を出る。けれどここは鳥籠だった。窓ひとつない。昼夜の別すら感じられない、完全に整えられた環境。季節に関わらず花が咲く花壇、ちいさな泉、どれをとっても、楽園のような場所だ。そこに血だまりがなければ。死体が転がっていなければ。

「…安らかに眠ってくれ」

俺の胸が鋭く痛む。その理由はわからない。神子がかなしげに微笑むからだろうか。いつかその咽喉を切り裂く俺が、それを苦く思う理由はあるのだろうか。










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