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神子と俺がついに出会ったのは、俺が血の滲むような努力を重ね、教団兵の中でも最も優れたものに与えられる神子の護衛の役目を与えられたその日のことだった。

俺が教団兵として神殿に潜り込み、一年と少し経ったころだったろうか。ずっと志望していたとはいえ、異例の出世だった。俺は周りの護衛より遥かに若かった。侮られる要素はたくさんあったが、周囲は信仰心がそうさせていると勝手に勘違いをし、嫉妬の一つもよこさなかった。平和ボケした連中だ。神なんてどこにもいないってのに。神がいるのなら、俺はこんなところにはいないってのに。

「ライナス」

存外に落ち着いた声が俺を呼ぶ。儀礼通り大聖堂で跪き、俺はじっとそれを待っている。護衛の数は十と少し。一人の子供を守るにはいささか多いように思えるが、軍部は俺が侵入していることなど忘れたように何度も暗殺者を神殿に送り込んできたから、その護衛も幾人かが死んだようだ。護衛はよく入れ替わる。だからこそ俺に役目が回ってきたわけだが。

「神はお前のこれまでの努力を讃え、お前を神子の護衛に任じた」

頭の上に、宝剣が翳される気配がする。反応しかける身体を無理やりに押しとどめる。それからその剣が両肩に触れ、そして俺の顎を掬い上げた。耳にタコが出来るほど注意されていたように、儀礼どおりそこで俺は初めて顔を上げる。いつか遠くない未来に殺す相手の顔を見る。

「私が当代の神子だ。……これからの職務にも、励んでくれ」

神子は噂通り肩まで伸びた銀の髪をし、紅い目をした、禍々しいような風体の男だった。幾重にも飾りのついた、重そうなローブを纏っている。十六とは到底思えないような、どこか悟り切った眼をしている。あどけなさの少しもない、大人びた表情。俺と同じだ、と思った。

そして神子は俺の顔をじっと見て、それからほんの少しだけ、笑った。その顔に浮かんだのは確かに笑みだった。形容し難いそれに、俺は思わずはっとした。―――見透かされたようだ、と思ったから。俺の何もかもを、たとえばいつかその首を刎ねようとしていることだとか、…教団のぬるい空気に浸かり始めていることだとか、そういうのを。

神様とやらに命を売った男と俺の出会いは、たったその一瞬だけ。かれはすぐにその笑みを引っ込め、俺から視線をそらし、俺の隣で同じように護衛に任じられるのを待っているもう一人にも神託を与えるために歩き出す。

素早く再び頭を下げながら、俺はその頭の中でその首をナイフで抉るシミュレーションをはじめた。叩きこまれた暗殺者根性は先ほどの笑みを恐れ、眠っていたことを忘れたように働きだす。

機会とやらはいつ来るのだろうか。神殿に侵入して以来、軍部からの接触は一度もなかった。


護衛になってからは、それまでの災害の被害を受けた民を支援するだの、夜盗や山賊の類を討伐するだの、そういった仕事からは縁遠くなった。ひとに感謝されるなんて俺にはむず痒かったからちょうどいい。しかし手紙は届き続けていた。不思議だった。誰かに見られたらと思うと棄てることも出来ない手紙は、俺の部屋の一角を占めた。

俺の護衛相手となった神子は神殿でも奥まった場所にある広場のような、けれど窓ひとつない閉め切られた場所の中央にある、箱庭のような部屋に住んでいた。分厚いガラスで出来た小さなドームのような部屋が、広場の中に浮かんでいる。

護衛は十数人いるが、神子と年頃が同じなのは俺だけだった。そのせいもあるのか、神子の身の回りの世話をするのは大抵俺の仕事になった。ほかの護衛は何処から刺客が来てもいいように、神子の部屋の周りを取り囲むように控えている。そのためにこの広場があるのかと俺は少し感心をした。

あまり言葉を発しない神子だったが、一日の始まりと終わりには必ず護衛一人一人に声をかけた。おはよう。今日も励んでくれ。今日は雪が多いな。昨日の嵐で民に被害は出ていないか。馬鹿なやつだと思った。神の代理気取りでいる。ただのガキのくせをして、平伏する護衛たちを慈しむような眼をする。馬鹿みたいだ。

「ライナス、カーテンを開けてくれないか」

神子は外を見たがった。万が一部屋の外の惨劇が眼に入ってはいけないから、と、襲撃のありそうな日には閉め切ってあるカーテンを、決まって開けてくれとせがむ。護衛たちが暗殺者たちと戦っているかもしれない場所を見たがる。

「ですが、神子よ」
「祈りたいのだ。私のために、死ぬ者たちに」

その言葉を聞くたびに、俺は暗殺者の間に斃れている護衛を見る。軍部が育てた暗殺者たち、つまりはかつての俺と同じようなやつらは、護衛を一人や二人殺めるので精一杯なようだった。信仰心とかいうやつは恐ろしいもので、護衛の連中は死など少しも恐れずに戦った。そうしてときおり死んだ。神子は必ずそれに気づき、その身を包む純白のローブを血に濡らして護衛の亡骸を膝に載せ、恐れを知らず見開かれている瞳を閉じ、そして祈る。同じように死んでいる暗殺者たちにも、それと変わらない扱いをする。

自分を守って死んだやつと、自分を殺そうとしたやつを、同じように扱う。はじめてそれを見た時に、思わずそれを咎めるように訳を尋ねた俺に、ひとは皆平等だからな、と、いう。

わけのわからない男だ。
神子の考えることは、俺には少しもわからない。俺が神子から離れるときは、神子が神殿の最奥にある祈りの間に入るときだけだ。祈りの間には神子以外は入れない。訳のわからない結界のようなものが、侵入者を阻む。本当は軍部にその結界の存在を知らせてやりたかったが、俺にはその手段はなかった。







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