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戦乱で親を亡くした俺にとっては、この場所以外に生きる場所などはもとよりなかった。軍部の中でも最も規律の厳しい場所、暗部とも呼べる俺の所属は、俗にスパイ養成所といわれている。

王家が持つ強大なる軍は、隣国への侵攻を繰り返していたかつてとは違い、神子の預言によって休戦協定を結ばざるを得なくなったことによって血に飢えていた。国境の先の豊かな稲穂を指をくわえて見ているだけ、という日々は、軍部の血気盛んな将軍たちを憤慨させている。

神子の成人の儀まで、あと数年。それまでになんとしてでも神子を弑さなければ、軍部の存続は難しいとまで言われている。神子の念願は、隣国との和平交渉だった。

「いいか、ライナス。何年かかってもいい。その時は必ずやってくる。…教団兵から神子を引き離せる、その時が」

俺を育て、教育し、鞭で打ち、暗殺者のなんたるか、スパイのなんたるかを叩き込んだ教官が、俺をその部屋に呼び出して言ったとき、俺の胸は言い知れない高揚に高鳴った。

「…教団兵として潜り込め。神子付きの護衛まで成り上がり、その時を待つがいい」

山ほどいる暗殺者から俺が選ばれたのだ。誰よりも多く殺し、誰よりも静かに任務を終えてきた。だのにいつまでたっても大きな命が下らないから、俺は退屈をしていた。そんななか、幾度となく俺の背を打った鞭を手に教官が言う。

「こちらから指示を出すまでは動くな。従順な教団兵でいろ。神子の信頼を得、その喉元を狙え」

教団は斜陽となった王家のなかで頑なに反神子、反神殿を唱え続ける軍部を疎んでいた。神子を通じ、軍部への予算を減らし豊穣や平和のために国の予算を割かせようとし続けた。軍部にとって神子は、忌々しい存在でしかない。俺は産まれてこのかた、いつかその首を刎ねるために訓練をしてきたようなものだった。

「分かったな、ライナス。これが貴様に与えられた任務だ」
「…はい」

みたこともない神子に思いを馳せる。俺と神子は年の頃はそう変わらない。その男が居もしない神に祈っていた間、俺は小競り合いのなか教団兵を殺し、隣国のスパイを殺してきた。それだけだ。そして俺は、神子を殺すだろう。

これから俺は、教団の内部に潜入する。どれだけ時間がかかるかはわからないが、軍部でもっとも重大な任務のひとつをひとりで背負うことになったのは確かだった。俺は誇らしかった。とても。

俺が神殿が誇る屈強なる教団兵になったのは、たっぷりと神殿の礼儀や自分の果たすべき役割を叩き込まれた、三ヶ月後のことだった。


教団兵になってからの暮らしは、正直言ってひどく退屈だった。毎夜のように反軍部派を粛清してきた俺が、いきなり神の名のもとで規則正しい生活をするようになったのだからそれも当然だろうか。

俺に課せられた任務は、神子付きの護衛兵になって、常に神子に近侍することだった。そして軍部からの指示を待ち、神子を斬る。至って単純な計画ではあったが、確実ではある。教団内ですら姿を現さない神子の素顔を知るのは、教団を運営している神官長と、そして護衛だけと言われている。そこまで登り詰めれば、いわば教団幹部だ。神子だけでなく、周りの人間も俺に気を許すだろう。そうなれば、俺が神子を斬るのも容易い。

教団に入ると、それまでほぼ知らなかった教義とかいうものをいやおうなしに学ぶことになる。神子が掲げるのは平和と豊穣だ。神殿には旱魃などで困窮した辺境の民などが訪れ、民からの布施を付与されたりもする。軍部には民間人が立ち入る場所などなかったから、少し新鮮だった。

「…ライナス。きみの次の仕事は、こちらの方々の街の復興です」

がれきを運ぶことも、氾濫した川の防波堤を築くことも、嘗ての日々と比べたら、あまりにも簡単だ。

「ライナス。次は、夜盗の被害が出ている地方へ赴いてください」

任務は少なくなかったが、俺は諾々とそれをこなし続けた。当然だ。もっと辛く苦しいことを、産まれてからずっとしてきたのだから。それにくらべたら、この場所はまさしく天国だった。

「…ライナス。きみが救った民から、手紙が届いていますよ」

そんなものにまったく興味はなかったが、神官長とかいうお偉いさんがそれをニコニコと笑いながら渡してきたから、とりあえず頭をさげて受け取った。与えられた自室には、いつのまにか封の空いていない手紙が積み重なっている。俺はまだ神子の姿を見ず、ただ人を救い続けていた。皮肉なものだ。今まで殺すことしかしていなかった俺が、教団の名において人助けをしているのだから。ばかみたいだ、と思った。









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