天気は最後まで崩れなかった。ていうか昼過ぎには天気予報なんてまったく丸無視で、雲までどっかに行っちゃったくらいだ。晴れ。

昼を過ぎてもしばらく、俺たちは釣り場を離れなかった。他愛ない話をしている間じゅう魚が釣れていたせいで、バケツが満杯になったくらいだ。ここがとびきりの穴場だってのもあるけど、俺にしてもこんなに釣れたことはないってくらいの大漁。森くんに釣りのよさを伝えようとか、そういうのも忘れて、俺も釣りに熱中してしまった。クラスの連中が今頃勉強してると思うと楽しくもなる。やっぱり森くんとは話も合うし、すっげえ楽しい釣りだった。森くんもいろんな話をしてくれて、俺は森くんに妹がいることとか、森くんのオススメの本とか、いろんなことを知った。

「…あ」
「…そろそろ、戻りますか?」

でもそんな森くんの話を遮って俺の腹が間抜けに鳴ったので、森くんのその一声でとりあえず叔父さんの店に帰ることになった。バケツは満杯で、森くんもかなり釣れていたから、タイミングもよかった、と言い訳をする。森くん、ほんとすごかった。はじめてのくせにめちゃくちゃ釣ってた。魚ってのは薄情で、素人の竿にはあんまりかからない。なのに森くんは対したもんだ。ここでも先輩風を吹かせてみる。

今日があんな天気だったにも関わらずすげー釣り日和だったことを知った叔父さんはひとしきり悔しがってから、バケツを持って奥に引っ込んで行った。もちろん家に魚持って帰れるわけもないし、余った分はたぶん叔父さんちの晩飯にでもなるだろう。

七輪を出してもらったから、メバルを焼いて食べることにした。釣りたての魚はもう、サイッコーに美味い。見よう見まねで串にさした魚をがぶっと食べてみた森くんを窺って、俺はニヤニヤしながら聞いてみた。

「美味いだろ?」
「美味しいです」

ちょっと火傷したらしいけど、森くんはそう言って何度もうなづいてくれた。よかった。最初こそ釣具の使い方に手間取っていた森くんも、一度コツをつかんでしまえば俺の助けなんて必要なく、どんどん魚を釣っていた。何度も伺い見た森くんの横顔はめちゃくちゃ楽しそうだったから、俺も安心して釣りに没頭できたのもある。

「釣り、すごく楽しかったです。…連れてきてくれて、ありがとうございます」

森くんはそして、アイナメのお造りを食べながら、言葉を丁寧に選ぶようなしゃべり方でそういってくれた。楽しんでくれたんだろう。それで、それを、俺に精一杯伝えようとしてくれてる。森くんは口数が多い方じゃないから、それはとってもすごいことだ。嬉しくなる。

「俺もすげー楽しかったよ。今度はさ、ふつーに土日に誘うから」

釣りにハマってほしいとか、先輩ぶりたいとか、そういうのより、もっと。海だけじゃなくて、山とか、街とか、森くんの好きな場所とか、いろんなところに行きたいと思った。森くんと一緒にいるの、すげえ楽しいし、心地よかったから。

そうやって誘えば、森くんは一瞬面食らった顔をした。じわじわとその耳が赤くなる。

「…っ、はい!」

…ほら。
俺は心のどこかで、森くんがうなづいてくれることを確信していた。だって森くんも楽しそうだったから。すごく。森くんは嬉しそうに笑ってくれた。俺はパタパタと内輪で七輪を仰ぎながら、無駄だとわかって勧誘をしてみる。

「森くんやっぱりいい奴だし、怖くないし、マジ後輩にしとくのもったいない!いまからでもバスケ部入んねえ?」
「あはは、俺中学のころバスケ部だったんですよ。でも、背が高いだけで、向いてないなって思ったんで」
「え、マジ。知らなかった」
「先輩こそ、図書局どうですか?兼部大歓迎ですけど」
「ヤダ!高いところの本、取ってやれねえし」

なんてばかばかしい会話をして、森くんと笑いあった。やっぱり森くんと話すの楽しいし、森くんとはもっともっと仲良くなれる気がする。

「なあ、つぎ、どこ行こっか」
「…そうですね…、」

森くんは、どんな場所を見せてくれるだろう。俺はただひたすら、楽しみだった。





つづく?







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