俺たちの心象を反映したみたいに、空は崩れなかった。天気予報が外れてこんなにいい気持ちになったのは初めてだ。

三時くらいまで先輩と、今頃クラスの奴らは勉強してるんだろうな、とか、今度出る作家の本どうだろうな、とかそんな話をしながらひたすら釣りを続けていた。けどいい加減腹が減って、バケツに入れた魚を持って先輩の叔父さんのお店に戻る。ビギナーズラックとかいうやつなのか、海釣りとはこういうものなのかわからないけど、面白いくらいに魚が釣れた。初めてなのにすげーじゃんとか自分のことのように喜んでくれた先輩に褒められて、嬉しかったし。

でもそんな先輩のほうはそんな俺より更に釣っていて、俺たちの遅い昼飯は山盛りのアイナメやメバルやサバになった。

先輩の叔父さんが用意してくれた七輪で釣りたてのメバルを焼いて、食べる。焼いている間に叔父さんはアイナメを捌いて刺身にしてくれた。

「美味いだろ?」
「美味しいです」

豪快に魚にかぶりつく先輩の真似をしてみる。熱々の魚で舌を火傷したけれど、めちゃくちゃ美味かった。糸が絡まって悪戦苦闘したり、魚を釣ったはいいけどその口から針を取るのに苦労したり、そんな体験したことのないひとつひとつがひどく楽しい。

「釣り、すごく楽しかったです。…連れてきてくれて、ありがとうございます」

そんな饒舌な俺の心とは裏腹に、それを言葉にすることが非常に不得意な俺は、アイナメを食べながらたどたどしく訴えた。すごくすごく楽しかった。ドキドキした。こんな経験が出来るなんて、思っても見なかった。

「俺もすげー楽しかったよ。今度はさ、ふつーに土日に誘うから」

な。
先輩は快活に笑い、俺は思わず目を見開いた。非日常に続きが出来る。はい、とかすれてしまった声でうなづいて、俺はこの背の小さい先輩が、ものすごく大きい人だってことを確信する。

「森くんやっぱりいい奴だし、怖くないし、マジ後輩にしとくのもったいない!いまからでもバスケ部入んねえ?」
「あはは、俺中学のころバスケ部だったんですよ。でも、背が高いだけで、向いてないなって思ったんで」
「え、マジ。知らなかった」
「先輩こそ、図書局どうですか?兼部大歓迎ですけど」
「ヤダ!高いところの本、取ってやれねえし」

くだらない話をしながら、先輩と笑いあう。楽しくて、きらきらしてて、たまらない。またきっとあのバスに乗れる、非日常へと繰り出せる。そう思えば、嬉しいのは当たり前だ。

「なあ、つぎ、どこ行こっか」
「…そうですね……」

先輩が朗らかにいう。俺は非常に贅沢なことを悩む。どこに行こう。先輩に、今日の俺みたいな気持ちをさせられる場所。

前よりももっと、先輩との距離が縮まった気がする。今日、先輩のことを、たくさん知った。これからも知っていける。そんな気がしている。



つづく?




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