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咄嗟に引き寄せた腕ごと郁人を抱き寄せ、洸はその炸裂した閃光からかれを庇う様に身体を低くする。地面が割れたのではないかという重低音が響き渡り、ぎゅっと瞑った瞼の裏側に真白がつよく張り付いた。鼓膜がおかしくなる。爆裂音が止み、地響きのような音が止まるまでにすこし時間がかかった。同時に身体を浮かせてしまいそうなほどの突風が背中に突き刺さる。姿勢を低くしたせいで煽られはしなかったが、呼吸さえ出来ないほどの暴風であった。

ゆっくりと風が落ち付いていくと、洸は大きく深呼吸をする。これは大砲などという生ぬるいものではない。爆弾だ。そう近くというわけでもないこの場所にでもこの威力、それに洸の背筋が冷たくなる。

「…」

そして全てが沈黙に沈むまで、暫しの間があった。抱え込んだ身体がもぞもぞと動き、洸の背中をタップする。どうやら一連の出来事が収まったらしい、と判断してから、洸はゆっくりと目を開いた。

世界は白ではなくなっている。星がちかちかと瞬き、そして夜明けが足早に近づいてきているのがわかった。体中に痛みを探したが、別段それもなさそうだ。

「洸、痛い、つぶれる」

胸のあたりで郁人が喚いたので齧られるまえにさっさとかれを解放する。そのまま座り込むと、瞳が世界に慣れるまでにすこし時間がかかった。

「うわ、何だよこれ」

目を開けるとそこはまさしく爆弾でも落とされたような有様だった。おそらく町境にあった見張り台だろう破片がいたるところに散らばっている。どれも当たらずにすんでくれてほんとうによかった、と思いながら、目の前できょろきょろとあたりを見回している亜麻色の頭をちらりと見た。

「…予想以上だ」

そういった郁人が、じっと人さし指で一方を指し示す。そちらを見て、洸も思わず息を呑んだ。

国境に設けられていた石の壁が、消滅をしている。はるか遠くまで見渡せるようになったその向こう、山の国には、大きなクレーターが出現していた。間違いなくあの兵器が大地を抉ったのだろう。飛距離が取れなかったらしい砲撃は、それでも威力だけでいえば相当なものだった。

「揉めるだろうな」

ぼそりと国を憂い、立ち上がった郁人が洸に手を貸した。ラインハルトとシオンを探すように左右を見やる。かれはすぐに見つかった。

「…あんたやっぱり、人間じゃねえだろ」

ラインハルトはまるでつむじ風に襲われた人間、といったふうなポーズをしていた。嗚呼いまのは強い風だったな、と言いだしそうな表情をしている。それから力を抜き、手をぱんぱんと叩いた。酷かったなとさらりと言って被害を確認しているようである。おかしい。

「反動もすごかったみたいですね。もうあっちのほうなんて、騎士も傭兵も関係なく倒れてますよ」
「うおっ」

そしてラインハルトの後ろからちゃっかり立ち上がったのはシオンである。どうやら暴風からの盾にしたらしい。蹴っ飛ばされていた。

「お前の言う通り、尚早だったな。…この分では近々山の国と海の国は衝突するだろう。それに加え、この兵器は見るからに――失敗だ」
「ラインハルトたちは、どうする?これで公式に魔石で何をしていたのかはっきりするだろう。他に何か、調べることがあるか?」

郁人はいつものように眉間に指を添え、うめき声を上げる傭兵や騎士たちをちらりと見てラインハルトに尋ねる。跡形もなく消え去った石の壁の向こうを覗き見ながら、洸は昇り始めた太陽に目を細めた。方角を変えて眇め視れば海のきらめきが僅かに見える。

「ああ。これで上のほうも動かざるを得ないだろうな。…お前たちはどうするつもりだ」

そこでようやく、洸は郁人とラインハルトの会話をおぼろげながら理解した。…ラインハルトの依頼とは即ち、密売で利益を上げる商人らと癒着をする警察上層でも無視を出来ないほどの、流失した魔石の確固たる使い道を探すことだったのだろう。これだけ派手にあの魔導砲を放ち、また魔石の魔力を使っていることも分かれば流石に見逃すことは出来ない。

「ようやっと闇商人の大きな規制に乗り出せそうです」

シオンはターバンを巻きつけながらそう言った。ルビーの瞳がまるで悪戯に成功したこどものようにきらきらと光っている。まだ警察に入って二年目だというが、ひどく手馴れであることはよくわかった。さすがは人型兵器ラインハルトの部下、と、洸はこころの中で密かに思う。

「おれたちは…、おれは、凪に会ってあいつを止めたい。きっと他にもこんな兵器が造られているだろう。改良なんて馬鹿なことをするまえに、止めてやりたい」

縋るような目を、郁人が洸に向ける。かるく頷いてやってから、洸はぐしゃぐしゃと頭を掻いた。しかしこれでは、凪のほうも何らかの責任を負うのではないだろうか。追い詰められた人間は何をしでかすのか分からない。空恐ろしい気持ちになって、洸は涼やかな凪の美貌を思い出す。

「帝都か。…しかし目下のこの対立が収まるまでは手出しも出来ないだろうな」
「恐らくは。四大公もきっと対策をする。この兵器についても、もちろん。だがこの破壊力を見せつけられた山の国がどう出るか」
「今なら城も手薄ということか」
「そうだな。おそらくこの街に重点的に人員を割くだろう」

僅かに躊躇ったのちに、郁人は真っ直ぐにラインハルトの蒼の双眸を見た。鋭いそれをまともに受けても、郁人は目を逸らすことを良しとしない。

「城へ行く。凪に対する四大公の決定が出た直後を狙うつもりだ」

かるく頷いて、僅かにラインハルトが目を細めた。視線のするどさが和らいだ気がする。となりにいたシオンがかれの心情を示すかのようににこにこと笑っていた。ターバンのすそがひらひらと揺れる。

「援護する」
「…ありがとう」

すぐに次の魔導砲が用意されるような状況には、おそらくならないだろうというのが郁人とラインハルトの共通した見解だった。ラインハルトたちに急いで森の国に戻る理由はない。申し出をありがたく受け取って、郁人はふたりに笑顔を向けた。

「物好きはひとりじゃないってことか」

呆れたように洸が言って、それから、よろしく、とふたりに声をかける。鉄面皮は剥がれなかったが、シオンは日向のように笑いながら頷いてくれた。気付けばいつしか朝の日差しが、鎮火活動と救援の続く東の街を照らし出している。幼い日の思い出に僅かに眉を寄せ、それでも郁人は率先して駆け出した。

「あとは父上と兄さんが何とかしてくれるだろう」

隣に並ぶ洸にそう言ってみる。それはただかれが自分のこころの平穏を保つためのものであったので、洸はなにも言わなかった。そう信じたいのだろう、かれは。こんな形になるとは思わなかった五年ぶりの故郷に、洸は僅かにため息をついた。早くに病で倒れた母も、洸がこの家を出る前に死んだ父もおそらくこんなことになるとはつゆも思っていなかったに違いない。それは郁人の家族も同じだ。

いままで数十年間、三国がお互いの領土に攻めてくることなど、なかった。ほぼ間違いなく傭兵団という武器を手に入れた山の国が豊かな暮らしを求めたというのが事実であろうが、ここまでの大きな戦闘を生きている間に体験することになるとは思わなかったというのが洸の実感である。騎士学校で学んだ六年間に詰め込まれた軍史や軍術は決して無駄にはならなさそうだった。

「郁人!」

ラインハルトの鋭い声が飛ぶ。洸は眼前の郁人が立ち止っているのに気付き、僅かに眉を寄せた。郁人の剣の構えでは、洸のように半身を引くことがない。なのになぜかれはあんなに身体を仰け反らせているのだろうか。まるで何かから逃げ出すように。

「…あー」

気付くのがすこし遅れてしまったことを自覚しながら、洸は少し離れて、しかし間違いなく避けては通れない場所に立っている、自身と隣の男の兄の姿を目視して頭を掻いた。




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