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夕焼けメランコリック



「お前さー、明日世界が滅亡するとしたら、どうする?」

夕陽が地平線の果てに沈む。街はとても静かだ。制服に指定のカバンを下げて歩く、どこにでもいる男子高校生二人組。片割れはそんな物騒なことをいうと、傾いた空を見上げたようだった。 

「なんだよ、いきなり」

少しばかりその瞳を見開いて、となりを歩くもうひとりが驚いたようにその横顔を見た。視線に気付いたか、空から隣へと顔を向けたほうが、照れたように笑う。 

「昨日の夜にやってた映画がそんな感じでさ、柄にもなく俺も考えてみたわけよ」
「それで?」
「やっぱ小遣い全部ぱーっと使ってさ、まだクリアしてないゲームもやりたいし、いきたい場所とかはいっぱいあるんだけど」

頭の後ろで腕を組む。背負った鞄が重そうだった。なんとなくそれに痛みを覚えながら、けれど口に出すことは出来なくて、曖昧に返事をする。

「うん」

けれどそんなかれを、もうひとりは口許を緩めて見たようだった。隠しようもない、慈しむようなまなざしでもってかれをみている。擽ったそうに、わざとらしい咳払いをして視線を逸らした。笑い声。 
 
「じゃあそれやったら満足して地球滅びるの待てるのかっていったら、やっぱちがうんだよなー」
「…ほー」
「そういう興味ないの丸出しな返事やめて!で、お前だったらどうするよ?」

斜陽は二人の影を長く伸ばす。両手に子どもと重そうなビニール袋を繋いだ母親が、スーパーから出てきた。横顔が微笑むのを、見るでもなしに見る。

「俺?」

それが指す対象はとっくの昔にわかっていたけれど、あえてそう反復をした。目を細めて優しく笑うその横顔から目を逸らす。もうビニール袋を母親と取り合う子どもの姿は見えてはいないのに、やはりかれは、慈しむように微笑む。  

「うん。なんかやりたいこととか、そういうのないの?」
「やりたいこと…」

それに胸がざわつくような感情を抱きながら、答えを探すわけでもなくまた反復をした。子どもみたいだ、と思う。

「どっか行きたいとことか、見たいものとか。でもさ、地球最後の日だったら、たいていの店はやってないだろうな」

なだらかな登り坂に差し掛かる。小学校のときはこの登り坂を越えてはいけないと言われていたっけ。大丈夫だろ、なんていいながら手を引っ張って、この街で一番高いところから夕焼けを見せてくれたのは、いま隣で地球を滅亡させたがっているこの男だった、と思い出す。

「そうだな…」

秋が来た。
冬は来るだろうか。おそらく地球は滅びない。

「また見たいな。夕焼け。あそこからさ」

息の弾む坂道を指差す。押し出されるように声がこぼれた。驚いた顔をするのはかれの番だった。してやったり、という気持ちになる。

「…覚えてたんだ」
「覚えてるさ。あのあと、母さんにそれを話したら、行っちゃダメって言ったでしょってこっぴどく怒られた」
「時効だ、時効」

笑い声が弾ける。
最近かれは饒舌だ。まるである問いを投げかけるタイミングを測っている自分を押し込めているみたいだ、といつも思う。

なんとなくまだ、進路希望調査書を出せないままでいた。かれはどうするのだろう。聞いたところでなにもならないくせに、知りたがっている自分がいる。

秋はすぐゆくだろう。

「地球が滅亡する日の夕焼けはさ、きっとすげえ綺麗だろうな」
「あはは。みどりいろになったりすんの」
「それはそれで見てみたい、かも」

かれはどうしても地球を滅亡させたいらしい。

「明日地球が滅んじゃえばいいのにな」

押し出されるようにかれは自白をする。その横顔はすこし疲れているように見えた。

「秋のほうが、夕焼けはきれいだ」
「それってよくいうけどさ、なんで?」
「さあ。空気が澄んでるとか、そういうのじゃねえの」

坂を登りきる。足を止めて、振り向いた。生まれて育った街に赤が降り注いでいる。それを見渡せるここは、やっぱりきれいだ。噛みしめるように夕焼けを見たのは、幼いあの日以来な気がしている。

「あ、」

となりでかれが、小さく声をあげた。どうしたのかと振り向けば、夕焼けにうなじを赤く染めたかれの背中が見えた。振り向きたくはないらしい。けれど待ってくれている。名残惜しく夕焼けに背を向けて、再び並んで歩き出した。家が近づいてくる。

「どうした?」

問う声まで、小さく静かなものになった。

「地球最後の日に、やりたいこと一個みっけた」
「…なに?」

一緒に夕焼けを見に来てはくれないだろうか。ひとりではきっと、ここまで来れない。行っちゃダメって言われてるから。引いてくれる手がなければ。

「告白する、好きだって」
「…ふうん?」
「あはは、もうちょい興味持てよ」

問題なのはそこではない。最後の日に、かれが隣にいてくれるかどうかだ。 
ずっと未来の話ではない。秋のあとでも、冬の向こうの話ではない。 
 
「思い出の景色の中でさ、しかも最後の日だぜ。オッケーしてくれるかもって思うじゃん?」
「ふーん」
 
やっぱりかれは饒舌だった。沈黙を埋めるのはいつもかれの声だったと思い出す。きれいだな。見せたかったんだ。なんてませた子どもだと、言ってやりたいくらいだった。そのときもこんな風に、気のない返事をしていたっけ。
 
かれは笑ったようだった。つられて笑う。
 
「あした、世界が滅んじゃえばいいのに」
 
終末論者が増えてしまったようだった。夕焼けが沈む。夜がくる。照り返したわけでもないのに、かれの横顔が赤い。 



Happy birthday for 9/16!!



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