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冬の山は危険がたくさんある。そんなことは殊更に山に生きるシルヴァたちにとっては常識で、だからこそスグリを連れての道ゆきには不安がたくさんあった。シルヴァは何度も山のさらに上に登ってスグリたちのムラの場所をたしかめたし、持っていく道具にも気を使った。夜営をすることになったら洞穴を見つけなくてはいけないし、雪に道が埋もれてしまうことだって十二分に考えられる。足元も覚束ないはずの外を見越して、食糧や傷薬を多めに持った。準備はこれで大丈夫だろうとシルヴァは息を吐き、そっと後ろを振り返る。

「…」

スグリはといえば、窓のそばの文机に座って熱心に手紙を書いていた。というのも、昨日の手紙で、アカネの具合が悪くなったということを知ったからである。本当ならば見舞いに行きたい、と言っていたけれど、シルヴァは頷いてやれなかった。かわりに手紙を届けることになって、スグリは出発まえにかのじょに向けて励ましの手紙を書いている。

あの子のことだから、熱心に手当を手伝ったのだろう、とシルヴァは思っている。誇り高くあれと言われ続けてきた、純血の少女であった。

「…シルヴァ」

スグリは最後に名前を書いて、手紙を丁寧に畳んだようだった。寄ってきてシルヴァに差し出したそれを、矢にくくりつける。

不安げな声だった。それを融和してやるようにシルヴァはひとつ頷いて、それからその頭をぐしゃりと撫でる。すべらかな髪は指先をさらさらと散った。

窓の外、冬の集落は音もなく静かだ。ただしんしんと降り積もる雪の冷たさが、視覚からも沁み込んでくる。冬は嫌いだった。ことさらにひとりであることが骨身にしみる季節だった。こうしてそばにスグリがいると、そんなさみしい冬のことは、過去の話になってしまう。はじめて過ごすあたたかな冬、このあたたかな家から出なければならないことを、やはりまだシルヴァはすこし苦痛に思っていた。

アザミの家に向ける矢文には、無論、森のムラへの訪問のことも述べている。もちろん手ぶらでいくというわけにはいかないから、シルヴァはムラの長老たちから貰った珍奇な宝玉やなんかを薬の代償に持っていくつもりだった。

冬の山は、危険が多い。熊や大型の動物は冬眠しているとはいえ、氷に包まれた山を歩くことは困難だ。ことさらに今回は、スグリがいる。ついにこの家に留まっている理由を失くして、シルヴァはひとつ、大きくため息をついた。

「…どうかした?」

すっかり旅支度を終え、あとは防寒具をつけるだけ、というかっこうをしたスグリが、そのうつくしいあおいろを何度か瞬いてシルヴァを見上げた。何でもない、というにはすこしばかりシルヴァの表情は暗かったのだろう。スグリはシルヴァの手を掴み、言葉を待つようにじっと押し黙っている。言いだしたら聞かないところのあるスグリのことだ、誤魔化すのは難しいだろう。

「……不安なんだ」

すこし屈んで、こつんとスグリの額に額を押し当てる。影が降ったスグリの表情は、シルヴァには近すぎてよく見えない。小さく小さく吐き出すと、スグリはすこし笑ったようだった。

言葉を脳内のノートから手繰るように、すこし、かれは思案をしているようだった。ようやく日常会話に支障がない程度にはシルヴァたちの言葉を繰るようになったかれも、こういったときは、やはりすこし時間がかかるらしい。シルヴァはそれを待つ。かれの会話の間に生まれる沈黙は、シルヴァにとって苦痛では、決してなかった。

「…俺の、身体が弱いこと?」

スグリが紡いだことばは、シルヴァの耳にはすこし奇妙な言い回しではあった。けれど何が言いたいのかはわかる。シルヴァはそれを推測する作業が好きだった。

「……それもある」

シルヴァはそれを誤魔化さない。すこし身体を離すと、スグリのあおいろがまっすぐにシルヴァのひとみを見つめていることがよくわかった。

「…ほんとうは、」

それは、それほどの問題ではなかった。シルヴァがなんとかしてやれる。スグリの体調に気を遣い、身体を壊さないようにすることは、シルヴァにも出来る。してやれる。

だが、これは、べつだ。

「………あのムラは、お前のムラだ」

…生まれたムラに、スグリが戻りたいと思ったら。スグリが生まれたムラに、心を残してしまったら。シルヴァはそれが、たまらなくこわい。あの日の侵攻でむりやりにスグリを奪い去ってから、もう半年ほど経つだろうか。その時間は、スグリがあのムラで過ごした日々と比べたら、あまりにも短かった。

「……?」

なにをいっているのかわからない、というふうに、スグリはすこしその表情を翳らせたようだった。説明を求めるように、ぱちぱちと何度か瞬きをしてから、それで?とでもいうような表情をする。シルヴァはそれが、なによりスグリが何があってもシルヴァのそばに留まると決めてくれている証だとわかっているのに、不安なのだ。はじめて手に入れた大切なものは、シルヴァに臆病さを植え付けた。

「…とにかく」

シルヴァが口を開かないので、スグリはシルヴァの口からその不安を聞きだすのを諦めたようだった。そのかわり、シルヴァの好きな、花が咲くような笑顔になる。

「冬の山も、俺のムラも、たのしみだよ」

あんまりにスグリがきれいに笑うから、シルヴァもつられて笑ってしまった。








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