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アルは俺が一杯分レモン水を飲み干すのを待って話し出した。力を込めすぎて白く震えている俺の左手に、そっと掌を重ねる。いつかしてくれたように、手の甲を包むようにして。

「レオンハートの母親には会ったんだろう?」
「…会った」

レオンくんが母、とよぶ女性となら何度も一緒にお茶をしたことがある。きれいな金髪の、上品な女性だ。レオンくんも彼女によく懐いている。かれのほんとの母親なのかはわからないけど、大事な存在なのは間違いないだろう。

「彼女は先王の第一王妃だ。…レオンハートの実母だよ」

その言葉ひとつ飲み込むのに、かなりの時間が必要だった。5歳のときに母親なしで現れたレオンくんの母親が第一王妃?おばちゃんがたの噂とはまるっきり違う。
困惑する俺を見かねたのか、アルが助け舟を出してくれた。

「それが事実だ。第一王妃は最初の子を流産して以来子宝に恵まれなくてな、ずっと悩んでいたんだ。その挙げ句に、俺の母親が俺を産んだ」

さっき強く握られたときに手首についた痣を、アルが優しく撫でていた。触れられるのがつらい。でもそのつらさはさっきまでのどうしようもない痛みではなくて、むずがゆさを俺に与えた。

「お前のお母さんっていうのは……」
「メイドだったらしい。俺を産んですぐ死んだ」

アルにとってはすごく辛い話を俺にしてくれてるんだろう。アルの顔は見えないけど、きっとあの苦しそうな顔をしてるんだ。俺はだから、すこしでもアルが話しやすいようにそれで?と続きを促す。

「俺を息子として育ててくれていた彼女は、それからしばらくしてようやく子供を授かった。男の子だったから、ずいぶん悩んだらしい。だが五年経ったあとようやっとレオンハートのことを公表した。俺の地位を揺るがさないよう、母親のことは伏せて。あとのことは、お前が知っている通りだ」

俺は、レオンくんが俺にくれたヒントを思い出していた。お互いに負い目を持っている、と。

アルの負い目は、正妻でも側室ですらない女性の子が王になったこと。そして正当な血を引くレオンくんが、まるで卑しい身分かのような噂を立てられてしまったこと。

レオンくんの負い目はきっと、それが原因でアルが女性をひとりも娶らずにいることだろう。お互いなにも悪くないのに。

「レオンハートを襲ったのは、あいつが死ねば俺の子供が必要になるのを狙った俺を支持する過激派だった。関わった全員を追放処分にしている」

なる程、あいつらはアルの子供に継承権を渡したかったのか。なんだかこの城のひとは、みんなとてもかわいそうだ。すこしこじれたことが原因で、みんなが少しずつ悲しい思いをしている。

「だけど、少し前から俺がお前のところへ通っていたことは噂になってたみたいだ。同じ理由で、お前にも危険が及ぶかもしれないと思って、先手を打って後宮として公表したわけだ」

いきなり自分の話になって、俺は面食らった。さすがに王様が毎週抜け出したら話題にもなるよな。
アルは、俺のことを、好きだ、といった。それを思い出して、俺は思わずびくりと身体を震わせる。なんだか今まで自分が、とてもばかな勘違いをしていた気がした。

「じゃあ、最初から…」
「お前になにも言わなかった、俺が悪かった。…拒絶されるのが、怖かったんだ」

好きだ。もう一度繰り返して、アルはくしゃりと笑った。ずっと俺が見たかった、あの子供っぽい笑顔だ。俺はもうどうすればいいかわからないから、だからぐしゃっとアルの背中を掴む。頬を寄せたアルの胸は暖かかった。

「だけど、さっき、血まみれのお前を見て心臓が止まるかと思った。なにも伝えないままお前がいなくなってしまうと思ったら、」

アルの声が、震えている。それに気付いて俺はまた泣きそうになってしまった。ばかみたいだ。俺はずっと、ほんとうの後宮だったらしい。唯一の愛されるひとであった、らしい。見る目ないよ、お前。俺は今まで一度だって、そんなことだとは思わなかったってのに。

「アル」

俺は輝くような金の髪もきれいな空色の目もなんにも持っちゃいない。けど、アルはそんなことを求めていなかった。ごめん、と言いたくて息が出来なかったから、俺は前歯がぶつかる勢いでアルにキスをする。アルが僅かに首をひねったせいで、そんな恥ずかしいことにはならなかったんだけど。アルの腕が柔らかく俺を抱き寄せる。俺は動かない右腕の分も、精一杯その背中にすがりついた。そこにいたのは最初から、王様でもアルベルトなんとかこんとか六世でもなくて、週に一度俺に会いに来ていたアルだったのだ。

「アル、俺も、」

すき。

ようやっと認めた気持ちを吐き出したのと同時に、俺のなかのもやもやは全部消えてしまった。目を見張ったアルが、ぎゅっと俺を抱きしめる。ちょっとだけあのナイフ持った男ふたりに感謝したのは、秘密だ。




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