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11



強制わいせつ罪で告訴されたら間違いなく負けるな、と思いながら、俺は伊鶴を解放した。暴力的な行為のせいかまったくドキドキしない。むしろ胸がささくれだっている。だから綺麗なまんまで終わらせようとしてたのに。伊鶴が悪い。責任転嫁もいいとこにそう思いながら、背中を向ける。伊鶴が出てってくれないなら俺が出ていくしかない。泣きたかった。

「…けんと」

この後に及んで俺を呼ぶ声がしたけど、もう構ってもいられない。情けなくて泣きたい。何してるんだ、俺。最低だ。冷水を被ったように冷静になってしまえば、全部裏目に出てる気がしてならなかった。

「…っ、健斗!」

財布だけ持って上着を羽織った俺に、察するところがあったに違いない。焦ったような声といっしょに伊鶴が駆け寄ってくるのがわかった。もう放っておいてほしい。もっとひどいことをしてしまう。そんなことをしたら、俺のほうが立ち直れない。

「…なに…って、うわ!」

勢いよく背中から抱きついてきた伊鶴に、俺は思いっきりつんのめった。辛うじて堪え、俺はびっくりして固まってしまう。振り払わなきゃならなかったのに、完全にその機会を失った。振り向こうとしても伊鶴のホールドは固くて、抜け出せそうにない。

「…好きだよ」
「…はあ?」

さっきの仕返しにこのままジャーマンスプレックスされんじゃないのか戦々恐々とした俺に告げられたのは、そんな一言だった。思わず素っ頓狂な声が出る。その言葉はどう考えても今犯罪行為をやらかした男に対して向ける台詞じゃなかったからだ。だから間抜けな声で、俺はそのまま聞き返す。

「俺は健斗が好きだし、一緒にいたいから」
「…」
「だから、…このまま、終わるのは嫌だ」
「……お前、なにいってるか、わかってる?」

俺がそう言うまでに、たっぷり沈黙が必要だった。伊鶴はなんにも分かってない。そもそもラブとライク、ついでに言えばフェイバリットやクローズとの違いを理解してるかもさだかではないくらいに浮世離れしたこの男は、それでも、俺の背中で大きく頷いた。

「だから、言っただろ!俺の好きは、だから、さっきみたいな好きで…」
「…ちゃんと、聞いてたよ」
「いや、そうじゃなくて!」

思わず伊鶴を振りかえると、外れてしまった手を所在なげに持ち上げたままの伊鶴と至近距離で目があった。さっきキスをした唇が、きゅっと一文字に引き結ばれている。ようやく動き始めたみたいにして、心臓が高鳴った。

「俺は、健斗といっしょにいたい」

かれはそう吐き出すと、その瞳で俺を見つめた。息が出来なくなる。いつから俺は、伊鶴を受動的ないきものだと勘違いしていたんだろう。それともこの二年間、知らない間に伊鶴は変わったんだろうか。俺の知る伊鶴は、すくなくとも、こんなふうに俺の行動をことごとく阻害するような能動的な行動を取ることはなかった。

どうすればいいのかわからなくなる。伊鶴の意志は固い。けれど、俺のそれとは、けっして交わらない。俺は伊鶴が好きだ。俺がなりたいのは恋人だ。…いっしょにいたら、伊鶴にだって、それを望んでしまう。

―――でも。

俺はずるい大人だ、ということを、思い出した。

「…伊鶴」

思わずその名を呟けば、伊鶴は俺の頭の後ろに腕を回した。え、と思う間もなく引き寄せられる。鼻先が触れ合ってしまいそうなくらい、顔が近くなる。

「…」

……とっさに、その頬を両手で掴んでいた。触れかけた唇をすれすれで押しとどめ、俺はむりやり伊鶴を引き離す。心臓が煩く鳴り響いていた。さっきキスしたばっかなのに、いや、でも、状況が違いすぎる。

「な、何すんの」
「…自分もしただろ」
「すみませんでした」

なんとか距離をとった伊鶴は、不服そうに目を眇めて俺を見ている。どうしよう、どうすればいいんだろう、なにがしたいんだろう、頭のなかには疑問符ばっかりが飛び交っている。俺の知ってる伊鶴より、随分と饒舌で、頑固で、前以上に、何考えてるのかわかんない。

好き、とか、一緒に居たい、とか、誤解しないほうがおかしい。期待しないほうが、おかしい。もう一度やりなおせるかもとか、思ってしまわないわけがない。

「俺のはその、ラブとか、リーベとか、アモーレとか、そういうのなんだけど…」
「…?」

伊鶴は不思議そうに目を眇めると、少し首を傾げて俺を見た。本当にわかってんのかってすごく不安になるけれど、俺はそれ以上に期待で胸がいっぱいだ。伊鶴は俺を、受け入れてくれようとしている。そして俺は、あっさりとそれに甘えようとしていた。諦めがわるくて、自分で自分がいやになる。

伊鶴が訝しげに俺を見ている。俺もその目を見返す。ダークブルーの瞳。伊鶴はいま、どんなふうに生きているんだろう、と思う。知りたいことがたくさんある。さっきまで手放そうと思ってたのに、伊鶴がそれを拒むから、俺だって欲が出てしまう。伊鶴と当たり前みたいにいっしょにいられたら、って、思ってしまう。

「……とりあえず、アドレス、交換しようか」

…だから、俺はまるでさっき仲良くなった友達候補ですっていうような感じをして、伊鶴にそんなことを言ってみた。嬉しそうに破顔をした伊鶴が、ようやく笑ってくれる。笑窪が浮かぶ。俺はこの笑顔を見たかったんだと、そんなことも思い出した。









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