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9



次の日の陽が高くなるころ、アザミからの返事が届いた。スグリも多少はよくなったようで、昨日よりは顔色もふつうに戻っている。

けれどまだ食欲は沸かないようで、スグリはシルヴァが切ってやった果実を億劫そうに口に運んでいた。その傍らで矢文を広げ、シルヴァは文面を目で追う。

そこにはスグリのところまで回診に来ることができない謝罪と、予想される風邪に効く薬草の種類なんかが事細かに書かれていた。覗き込んできたスグリにそれを読みあげてやりながら、シルヴァはスグリが整理してくれたおかげで目的のものがすぐに出してこれそうな食糧庫を思う。思いもよらないような種類の薬草の名前が上がっているのを知って、すこし驚いた。

「…あの薬草は、解熱になるんだな」
「…げねつ?」

聞き慣れない単語を鸚鵡返ししたスグリに、その言葉をやわらかく噛み砕いてやる。すると納得がいった顔をしたスグリが、ひとつ頷きを寄越した。

「そうだよ。俺がムラにいたころ、よく摘みに行ってた」
「…そうだったのか。この近くには生えていないのか?」
「…うーん…、見かけないかな」
「そうか…」

思わず肩を落としたシルヴァに、スグリは慌てて笑顔を見せた。

「だいじょうぶ。この分だったら、明日には治ってるよ」
「ほんとうか?」

頷いて、スグリは矢文の続きをせがんだ。再び薬草を読みあげてやりながら、じっと耳を傾けているスグリの横顔に目をやる。

スグリはいつでも、何かを知ろうとしている。かれにとって世界は見るものでなくて、聞くものだったらしい。そのせいもあるのだろうと勝手に思っているけれど、かれのそんな姿はいつもシルヴァにもどかしさを与えた。言葉を切って、シルヴァは身を乗り出したスグリの頭をひとつ撫でてやる。何度か瞬きをしたスグリに少し待っていて、と言い置いて、シルヴァは食糧庫に向かった。

ひとりで暮らしていたころと比べたら、断然に片付いた場所だ。料理をするのはどちらかといえばシルヴァのほうが多いから、どこになにがあるのかはちゃんと頭に入っている。スグリの編んだ籠のなかに入っている薬草を見つけ、それを抱えて寝室に戻った。

「…シルヴァ?」

急に何かを持ち出してきたシルヴァに、スグリはすこし驚いたらしい。名前を呼ばれ、笑ってみせると、スグリは興味しんしんにこちらを覗き込んできた。

「…これが、葉が丸い薬草?」
「…うん!」

一枚ずつそれを取り出して並べていく。手紙に書いてあったものもいくつかあった。嬉しそうにそれを仕分けていくスグリを見ながら、シルヴァはそっと息を吐く。

昨日よりは、ずいぶんと元気になってくれた。それにまず、ほっとする。疫病ではなかった、ということの証明でもあった。一先ずのところは峠を越えて、あとは快復を待つだけだ。もう少し経てばいつもどおりの生活に戻れるだろう。

つまりは、スグリの言う通りなのだ。かれの言う通り、大人しく布団に入ってさえいればあれだけ高い熱でも数日で下がりはする。かれが自分の症状に慣れているのもそういった理由なのだろうと思いながら、シルヴァは知らず知らずその髪に手を伸ばしていた。ぐしゃぐしゃと撫でると、目をまるくしたスグリと視線がぶつかる。

「…シルヴァ?」

スグリはシルヴァの様子がおかしいことに気付いたか、薬草を手に取るのをやめて、シルヴァのほうに手を延べてきた。いつもは冷たい手が、いまはまだすこし熱い。

「どうかした?……伝染った、とか」
「…いや、そうじゃない」

頬に触れた手を包みこむようにして、シルヴァは低く吐息する。

「…みんなは、大丈夫かな…。アカネとか、まだ、ちいさいのに…」

重そうに瞬きをしたスグリの声に、すこし胸が痛むのを感じた。本来なら気を配ってやるべきムラの住人達の病状や体調に、いまはシルヴァは少しも気が回らない。というよりも、いままで、すこしも考えつきもしなかった。スグリが死んでしまうのではないかと、その恐怖にばかり怯えていた。

それではいけないと、わかっている。

「……そうだな」

シルヴァは、ほんとうは、どうするべきかなんてことは、わかっていた。このムラには、いま流行っている疫病に有効な薬がない。それが意味することなど、シルヴァにもわかる。これまで、どうしてきたかだって、わかっている。だが、それを実行に移さねばならないということは、予想以上にシルヴァの重荷になっていた。









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