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星を掴むような話



じりじりと焦げ付くような夏の日差しが、ここアリゾナの地を支配している。季節は夏だ。アリゾナの夏の気温は四十度を軽く超える。日本でもあんまり暑くない地方に住んでいたせいか、夏の熱さはたまったもんじゃなかった。

ちなみに去年一度経験済みの昴のほうは、訳知り顔の先輩面をしてクーラーの下の一番涼しい場所を陣取っている。まあ、そのクーラーめちゃくちゃ古いから風もそよ風くらいしか出ないけどな。ちなみにここは俺の寮の部屋だ。投げ出された二本の足はさっきまでばたついていたけれど、今はすでにその気力すら失っているらしい。今日は雨だ。というか今は雨季だ。天体研究者にとって、かなり退屈な季節である。そして昴の機嫌もかなり低気圧だ。望遠鏡を覗いても星が見えないと、確かにテンションは下がる。

「わたりー、お願いがあるんだけど」
「なーんーでーすーかー」

昴は今、どうやら星について書かれた雑誌を読んでいるらしかった。俺のほうからだと後頭部しか見えないけど。ちなみにその雑誌も俺のだ。…俺の部屋に馴染んでいる昴を見てうれしくなるのは、まあ、しょうがないだろう。はい。

「星ー、見たいー」
「…プラネタリウムでもやるかー」
「え、あんの!?」
「ない」
「ないのかよ…」

ちなみに俺はレポート書いてる。もちろん英語だから、専門用語とかはいちいち辞書を引かなきゃいけなくてかなりめんどくさい。雨音はうるさいし、暑いし、もう夜も遅い。おまけに昴がいる。集中できる要素なんてひとつもない。

「作ればいいだろ」
「え、あれって家で作れるのか?」
「ちょっとホームセンター行けば作れるんじゃないかな」
「もう閉まってるだろー」

ちょっと上半身を起こした昴がすぐにまた潰れた。たぶんフローリングが多少ひんやりしているからだろう。こと星のことになると昴はすぐに元気になるけど、目的が果たせないとなると気力をすぐに失うらしい。昴らしいこと、この上ない。

「じゃー、とってきてやるよ。どの星がいい?」
「さすが渡里!俺ガーネットスターがいい」

…こういうところで月とか安直なところにいかないところが、また、昴らしいというか…。めちゃくちゃでかくてめちゃくちゃ熱い星の名前を上げて、昴がごろんと寝返りを打った。ちなみに俺の手はさっきから止まりっぱなしだ。外の温度は雨のせいもあってかなり蒸し暑くなっているらしい。気が滅入る。

「俺さー、宇宙飛行士ってすごい憧れてたんだよな。なりたい、とか思ったことはないけど、だって星にいちばん近づけるだろ」
「確かにそうだな。宇宙船とか、めちゃくちゃかっけーし」
「あはは、わたり、そういうの好きそう」

小さいころは、ロボとか、メカとか、ライダーとか。やっぱり男の子だし、すげー好きだった。昴はそのころ星の図鑑とかを見てたんだろうなって思うと、やっぱり経験値の差が大きいな、と思う。でも俺は渡米する前からの約束を、まだまだ諦める気はない。

「昴は、星のどんなところが好き?」

…俺は、ついにペンを手から投げ出して聞いてみた。この問いを投げかけるのは、じつは初めてじゃない。俺たちがまだ高校生で、昴がまだ学校に来ていて、俺がただ昴の話を聞いているだけだったときにも一度、聞いてみたことがあった。

そのとき昴は、俺がちょっと見惚れてしまうくらいの満面の笑顔で、ぜんぶ!って言った。

俺はよく覚えてる。俺にはそんなものなかったから。そのときすごく、昴のことがうらやましくなって、すごいなって思って、もっともっと好きになった。思い出しただけできゅっと胸の奥が掴まれたみたいになる、なつかしい記憶だ。

「…それさ、わたり、前も聞いたよな」

…そして、それを、昴も覚えていてくれたらしい。嬉しくなった。こっちのほうに視線をやった昴の顔は出会ったころにくらべたら大人びている。そりゃそうだよな。ひとりでアメリカにきて、大人に交じって頑張ってるんだからさ。そんな昴の横に胸張って並べるような男になりたい、と俺は常に思ってる。昴より星に詳しくなるんだって、努力だけはいつだってしてる。

「うん。…俺さ、あの時だよ。昴のこと好きになったの」

ぶっと噴き出す音がして、それから勢いよく身体を縮めた昴が咳き込む声がした。なんだその反応。昴が転がってるほうに寄っていって(やっぱりこのクーラー壊れてる)その背中をさすってやると、ひとの体温は信じられないほど熱かった。

「そ、そういうこと、こんな暑い時にいうなよ…」
「なんとなく思い出してさ。はは、昴耳赤っけえ」
「うっさい!」

あれはデネブ。あれはアルタイル。あれがベガ。織姫と彦星だな。デネブだけ仲間はずれで、かわいそうだと思わないか? いつだったか夏の日に、昴が話してくれたことがあったっけ。たしかにそうだよなって思いながら俺は昴の話を聞いてた。そんなことまで気になるなんて、やっぱり昴は星が好きなんだなって思った。

…星の、どんなところが好き?って聞いたら、ぜんぶ、って返してよこすような。

俺は昴の、そういうところが好きだった。

「なんて答えたか覚えてる?」
「……覚えてる」
「すげーなって思ったんだよ。そのときさ、お前のこと」
「…ふうん」
「今は気持ち、すげーわかる」
「…そう?」
「俺も、全部すき」

触れてみて、形を確かめて、俺の星はやっぱりきらきらしていた。昴が空の星々に抱いてるような気持ちを、俺も今はしっている。そんな素敵なことを俺に教えてくれた昴は、やっぱりすごい。

「…!!!」

数秒置いて俺の言葉の意味に思い当ったらしい昴が勢いよく俺の手から離れて転がっていった。悶絶しているらしい。首の後ろも赤い。ガーネットスターみたい、と、思った。直径が地球の何倍もある星をつかまえてくるときには、いったい成層圏はどうやって越えればいいんだろう。








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