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18



「あ、会長おかえりー」

クラスに戻ってきた悠里を、クラスメイトたちは明るく出迎えてくれた。がやがやと賑やかな教室を見まわして、悠里はぽつり、遅くなってごめんと零す。

あのあと。

柊は笑ってぐしゃぐしゃと悠里の頭を撫でた。きっと凄く情けない顔をしているだろう悠里に笑いかけて、頬をひっぱって、笑ってくれた。きれいな笑顔だった。

もう戻らなきゃ、といった悠里を送りがてら、愛を、恋を語るかれはしんそこ楽しそうだった。きらきらしていた。恋をすることは、こわくなんてないと、全身で悠里に知らしめてくれているようだった。

「…お、どした?」

なにやら身体の採寸をしていたらしい雅臣が、なんとなくクラスの雑踏をまえに立ちつくしている悠里に寄ってきた。それから立ちつくした悠里の、らしくもない無防備ないつもの「悠里」の表情をみつけてすこし意外そうな顔をする。

「…どうも、してない」
「うそ」

雅臣もだ。…悠里のことを好きだという、その横顔はいつだってたのしそうで。何度か瞬きをして、悠里は無理やりに笑ってみせる。氷の生徒会長らしい皮肉げな笑みを作るのには、すこし失敗をした。

「…」

ちょっとだけ押し黙った雅臣が、それからすこし肩を竦めてむりやりに悠里の腕を掴んで引いた。勢いよく大きな一歩を踏み出す羽目になって、悠里は盛大につんのめる。

「やっぱり裾はボリュームあるほうがいいな」

引かれた手をそのままに、雅臣はつんのめった悠里の腰に腕を回してそのまま左足を後ろに下げた。飛び込んできた悠里をそのまま誘導して、まるでワルツでも踊っているようにステップをする。

「ま、まて、雅臣」
「いい感じ、いい感じ」

足を止めれば転ぶ、というのはよくわかったから、悠里は足を踏み出すしかない。余裕がなくて足元しか見ていられなくても、心底たのしげな雅臣の声だけはわかった。

「くるくる回ったら裾が広がるようにしてさ…、そんで」

…雅臣は、いつだって楽しそうだ。悠里の腕を引く時、決まってその横顔には笑顔があるように思う。悠里は何一つ雅臣に返してやれていないはずなのに、かれの家のことだって、何かしてやりたかったのに結局できなくて、秋月に助けてもらわなければ、かれの弱みにだってなってしまいそうだったのに。…まるで恋をしていること自体が、なにかかれを楽しませているみたいだ。

「背中は開いてもいいんじゃないか?」

冬用のブレザー越しに、背中に大きな手が押し当てられたことがわかる。え、と思う間もなく、悠里の身体は自重に従ってこれ以上ないくらいに仰け反った。片手一本で雅臣に支えられたまま、これはよく見かけるダンスの決めポーズだ、と察して耳が赤くなることがわかる。おまえ、ここ、教室。言いたいことは山ほどあったのに、口を開けば間違いなく素に戻ってしまうとわかっていたから、悠里は黙らざるを得なかった。

「おおーー…」

なんて感嘆の声が聞こえてくるともう駄目だ。恥ずかしくてしにそう、と思いながら、やっとのことで解放されてへたり込みそうになってしまう。けれど悪戯に成功した子供のような顔をした雅臣が、それを許すはずもなく。

「はい、次ね」

さっきまで雅臣が立っていたあたりまで連れて行かれると、どうやら衣装の採寸をしているらしいことがわかった。布地の見本やらメジャーが無造作に転がっている。

「よし、悠里、両手上げて」

待ち構えていた生徒に抵抗する間もなくそう指示をされて、悠里は諾々とそれに従った。壁に凭れてこちらをにやにやと眺めている雅臣があんまりにも相変わらずで、悠里もすこし平静を取り戻してくる。

―――雅臣もだ。
悠里は、ふとそう思う。秋月に追い払われた、あの黒服の男たち。雅臣をがんじがらめに縛っているらしい、かれの家の事情。悠里は平凡な中流家庭に育ったから、後継ぎだの、そういったものには全く縁がない。だから雅臣が背負っている宿命については、想像をするしかなかった。でも。

「…そっちの色のほうがいいんじゃね?」

それはもう楽しそうに、悠里の胸に押し当てられているドレスの生地に注文をつけている雅臣の表情を見ていると、思う。

かれは苦しいだけではない。がんじがらめで、縛られて、つらくて苦しんでいるだけではない。かれは楽しんでいるし、しあわせでいる。その表情には生き生きと、それが現れている。

しあわせでいい、と、思った。なにもわからなくて、がんじがらめで、掴めないままで、自分の事すらしらない悠里もまた、今を楽しんでいいし、しあわせを探してみてもいい。そんなふうなことを、思った。

「じゃあ、こっちは舞踏会用ね」
「…二着もつくるのか?」
「もちろん!大道具も、かなり凝ってるよ」

衣裳係らしい生徒がにっこりと笑う。床に設計図らしきものを大きく広げてはしゃいでいる生徒たちがなんだか年相応にみえて笑ってしまいながら、悠里はゆっくりと顔を上げた。

「…俺たちも頑張るしかないな」

きっとその表情は、とても氷の生徒会長に似つかわしいものではなかった。情けなくて、へにゃりとした、いつもの悠里の、けれどそれは、確かに笑顔だ。それに答えるように、雅臣は目を細めて唇の端を釣り上げる。恋をしているらしいかれの姿は、たしかになにも恐れるものなどない、というふうに、きらきらしていた。

「……当然だろ!」







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