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久しぶりにかれのこの姿を見る、とラインハルトは、何処か感慨深い気持ちでシオンの後ろ姿を眺めていた。色素のない髪も鮮血の色をした瞳も、薄汚い路地裏で初めて見たときからすこしも変わっていない。…なにも変わっていないのだ。思い知らされた気分になる。

「派手に燃えてますね」
「…そうだな。やってくれたものだ」

屋敷からばらばらと逃げてきた使用人や探偵たちは、ラインハルトが手配した特殊部隊によって無事に保護されている。かれらの助けを借りないことには、落ちた橋のせいで、すでにそこに渡ることは不可能なはずだった。

少なくともこの周囲では、たったひとり、この男を除いては。

「…じゃあ、ラインハルトさん。援護は頼みます」
「…任せろ」

シオンが長い縄の先に鉤爪をくくりつけたものを、雨の中でもはっきりとその音が聞こえるくらいの速さで振りまわし始めた。それに当たらないよう姿勢を低くしながら、ラインハルトは手にした長銃の様子を確かめる。雨に当たっても使える銃は、この山のふもとの警察署にあまり備えがなかった。そのせいで街の武器屋で領収書を切ってもらう羽目になったことを思い、嘆息する。

視界を遮るターバンは、いまはその頭にはない。ただあの時と違うのは、身にまとうのがぼろ布ではなく警吏の制服だということくらいだろうか。シオンは迷わずそれを対岸の木へと投擲し、そのまま縄を手繰って跳躍した。一歩間違えればそこには確実に死が待っているのにも関わらず、一切の躊躇はない。それはシオンが「そうなるように」育てられてきたからだと、ラインハルトは別に知りたくもないのに知っていた。岩肌を蹴り、かれはすぐに燃え盛る屋敷の佇む向こう岸へと到着をした。

雨に濡れる顔を上げ、シオンはその深紅の瞳を細める。雨の日には音が消えるから、仕事がよく入ったものだ。そんなことを思い出し、すこし感傷に浸りながら、背後をちらりと振り向いた。そこでは狙撃用のライフルを構えたラインハルトが、目立たない場所に立ってこちらを向いている。

自然、口元が緩んだ。大きく手を振れば、傍の石が撃ち抜かれて甲高い音が上がる。相変わらずのかれに安心をして、シオンは袖口から二本のナイフを取り出して構えた。

爆発からはだいぶ時間が立っている。すでに脱出をしていなければ、命はないだろう。逃げるとすればこちらの道しかない。一般人をひとり連れて――もしくは背負って裏の絶壁を降りることは、間違いなく不可能だ。

雨に混じって、足音が聞こえた。

「…」

一つ。
想定よりも、すこし重い。シオンはそれで、かれが「だれか」を背負っているのだと知れた。地獄から抜け出したときに、目の前につり下がった救いの糸。まだ見ぬ嘗ての同胞が、掴んだそれ。シオンの場合は、――、いま、背中を預けているひと。

その足音が十分近付いたのを確かめて、シオンは躊躇うことなくナイフを投擲した。シオンの得意は近接戦闘だったが、この位の投擲術は叩きこまれている。間髪いれずにそれを叩き落とす金属音が響き渡ったのが聞こえたから、シオンは自分の予測が正しかったことを知った。

「…誰だ」
「……お前こそ、誰だよ」

低い誰何の声に答え、シオンは水溜りを踏んで疾駆した。左手に握りこんだナイフの柄を、目標に到着する間際に右手に持ち換える。同時に左足を引いて身体を半回転させ、防戦をしようとした首すじにナイフを食いこませて一息に薙ぐ。それが、シオンのやり方だった。

カキン、という甲高い金属音。

「…ッ、ミシェル、離れてろ!」

力づくでその一撃を押し戻されて、シオンは大きく間合いを取った。これを防ぐということは、間違いなく相当の手慣れと見える。知らず知らず頬がつり上がっている自分に気付いて、シオンはすこし辟易をした。獣の血が騒いでいる。

「…」
「……」

対峙した男の姿には、見覚えがあった。何もかもがシオンと対照的だった、その褐色の肌。瞳のいろ。同じような、手負いの狂犬。

「K」

かれの『名』だったものを、呼んでみた。

「お前だったのか」

シオンがそう吐き出すと、かれも小さく笑ったようだった。そっとミシェルと呼ばれた青年の肩を背後に押しやり、大ぶりのナイフを逆手に握っている。

「…そのカッコはなんだ?まさか警察でもやってるのか、あのお前が」
「そっちこそ何だ。大富豪のお屋敷に勤めるなんて、らしくないじゃん」

5年振りの再会にかわした言葉は、それきりだった。ぬかるんだ土を蹴る。握ったナイフを一閃させる。ぶつかり合う、金属音。火花が散るのが、薄暗いなかでも分かる。

――――よく、こうして首を刎ねたものだ。そんなことを思い出した。頬に跳ねた血の暖かさも、いつしか涙も出なくなったことも。ずっと忘れていたことだ。飛んでくる罵声と足とか手とか、ひどい時には銃弾とか。そんなものに紛れるうちに、いつしか過去にカテゴライズされていたものだ。

「…、」

押しのけられたまま、かといって離れることも出来ずに立ちつくしている金髪の青年が視界に入る。かれがあの男にこんな目をさせた元凶なのかと思うと感慨深いものがあった。守ろうと必死なKの瞳は、まるでこちらが悪者であるかのようで。

「…――」

ふふ、と笑い声が零れた拍子に、大きくナイフが弾かれた。








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