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昼過ぎに、診療所になっているアザミの家から矢文が届いた。

アザミの家はどうやらすでにひどい有様になっているようだった。矢文は比較的症状が軽い人間が寄越したもののようだが、それでも文字を綴る手は震えている。

咳や発熱がひどいらしいこと。感染性がどれほど強いのかはわからないが、引き続き警戒を強めなければならないこと。アザミや医療の心得がある女たちが看病に当たっているということだが、十分に効く薬がまだ見つかっていないらしかった。

年長のムラのリーダー格の男たちが対策を練っているらしいが、そもそも無骨な男に病からムラを救う案など出せるわけもない。どうしたものか、と思いながらスグリの症状を綴った手紙を矢にくくりつけ、アザミの家に返した。問題なくそれが柱に突き立ったのを確認して、シルヴァはひとつため息をつく。

このムラでは分業が当たり前で、だからシルヴァは滋養によい食事の作り方など知らぬし、薬の煎じ方もスグリの助けなしにはわからなかった。今もこうしてアザミを頼ることなしに、スグリのためにしてやれることを知らないでいる。かれと暮らしていくうえで、それではいけない、と思う。スグリの身体が人一倍弱いことなんて、かれを連れてきたその日からわかっていたのだから。

温くなってしまった氷嚢を換えてやるくらいしか、シルヴァには出来ることがない。時折熱にうなされるようにその表情を苦しそうに歪めるスグリの手は、燃えるように熱かった。

「…スグリ」

そっとその名を呼んでみる。苦しそうに息をするスグリが辛そうで、見ていられないくらいだけれど、かといって他の事をしようにも、かれのことが心配でなにも手につきそうにない。

冬の山では、花のひとつでも摘んできてやろうと思ってもそうはいかない。そもそも、どこかで疫病に罹った人間と接触してしまう可能性を考えると、家からもあまり出られなかった。額にかかった髪をそっと梳いてやりながら、シルヴァは深くため息をつく。

「…」

ゆっくりとスグリの睫毛が重そうに瞬いた。起きたのか、と思ってかれの顔を覗き込むと、透き通るようなあおいろがこちらを向いている。

「シルヴァ…、水、飲みたい」

痛々しく掠れた声に言われて、シルヴァは慌てて立ち上がった。その拍子にかれの手指が掴んでいたシルヴァの指から零れ、白いシーツに跳ねる。そんなところにもかれがどれだけ弱っているか如実に現れていて、シルヴァは知らず知らず唇を噛んだ。

「わかった、持ってくる」
「あと、…果物かなにか、持ってきてほしい」

頷いて、シルヴァは早足で部屋を出る。何か食べさせなければいけない、と思っていたことも失念していて、いかに自分が焦っているのかがよく分かった。これでは、スグリのほうがよっぽど冷静だ。

冷たい水を汲み、食べやすそうな果物と小ぶりのナイフを手に取った。どのくらいに切れば飲みこみやすいだろうか、と考えてみたはいいけれどけっきょくわからなくて、さきにスグリのいる寝所へ戻る。かれはベッドの上に上体を起こし、ぼんやりと窓のそとを眺めているようだった。

「スグリ」

かれの額に手を当てると、やはりまだそこは明確な熱を持っている。そのそばに顔を寄せ、顔を覗き込めば、不自然なまでに熱い息が頬にかかった。硝子で出来たカップをその手に握らせる。スグリのいつもより赤味がつよい白い咽喉が上下するのを眺めながら、シルヴァは少し待った。

「…どのくらいに切れば食べやすい?」
「……その、半分くらいかな」

皿の上に、切った果実を並べていく。スグリは空になったカップをそばのチェストにおいて、シルヴァのようすをぼんやりと眺めているようだった。不器用な手つきで果物を切り分けてはスグリに手渡すシルヴァのことを、くすぐったそうに見ている。

「ありがとう、シルヴァ」

そしてかれの唇を洩れた、笑みを含んだ感謝の言葉にシルヴァはひどくいたましい気持ちになった。森の集落は、豊かとは言い難いという。食うに事欠くこともあり、時折集団でとても拙い狩りに出るさまを何度か見たことがあった。そのなかでかれのような身体の弱い人間にまで気を配る余裕は、スグリの言葉を聞く限りあまりなかったようである。

もっと早くかれと知り合いたかった、と思う。もっと早くかれとともに暮らしかったし、そんな辛い思いはさせたくなかった。かれのこういった所作に触れるたびに、シルヴァはよくそう思う。

「…他に何か、ほしいものはないか?食べたいものがあれば作る」

きょとんとした顔をして、暫くして言葉を呑み込んだスグリは笑って首を振った。白いシーツにかれの栗色の髪がぱさぱさと跳ねる。

「大丈夫」

そこに、なにかを我慢しているとか、遠慮しているふうなところは見受けられなかった。だから仕方なく、シルヴァはスグリの髪を指先で掬う。果実をゆっくりと咀嚼するかれの瞳が、心地よさそうに細められた。

「……妹たちには、傍に寄らせないようにしてたから…」

ゆっくりと言葉を選びながらスグリが口にしたのは、そんな言葉だった。妹たち。スグリの家族。アカネを可愛がっている様子からわかるように、仲のいい兄妹だったのだろう。そんなかれが、風邪やなにかを引いた自分にかのじょたちを近寄らせなかった光景を考えるのは容易かった。

「…そうか」

…せめて、こうしてそばで、心細くないようにしてやろう。そう思いながら、シルヴァはスグリの横顔を見つめた。









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