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三次会までは辛うじて記憶がある。昔みたいに俺の隣に伊鶴がいて、酔いつぶれて死にそうになってる俺の背中を困ったように伊鶴が撫でてくれたりして。俺はそれが嬉しいのに、口を開けばへんなことを言いそうだったから、とりあえず飲め飲めとホストばりにコールされるがままにジョッキを空けていた。

伊鶴は相変わらず枝豆とか、ツマミばっかり食べていた。酒も申し訳に一杯とか二杯飲むくらいで、あとはずっとウーロン茶とか、すごい怪しいソフトドリンクを飲んでいる。ローズヒップジュースがあんまり美味しくなかったらしく俺の方に押しつけてきてた。えっ俺が飲むの、と思ったけど、周りにチューハイと混ぜちゃえとかわけのわからないことを言われて、もう俺も酔ってて、混ぜて飲んだら死ぬほど不味くてトイレで吐いた。戻ってきたら伊鶴にごめん、と謝られたのを、なぜか鮮明に覚えている。…相変わらず伊鶴のことばっか覚えててほんと気持ちわるいな、俺。

でも、日付をまたいで人数もだいぶ減ってきたころにはもう、どうやって歩いてたのかも全く記憶に残っていない。結局何時まで騒いでたんだっけ。

「たぶん、四時くらい…」
「うわ、マジでオールじゃん…」

どうりで滅茶苦茶気持ち悪いわけだ。

「だいじょうぶ?…水もってこようか」
「うん…」

声も枯れてるし。学生時代みたいに無理は出来ないってわけか。参ったなあと思いながら寝返りを打ち、俺は再び酩酊の波に溺れようとして。

「……ん?」

はた、と思いとどまった。…俺、今誰と話してた?ていうかどこだここ、いつ帰ってきたんだ。慌てて身体を起こして、強烈な眩暈と吐き気に慌てて口を手でふさぐ。完全に二日酔いだ。つまりあれか、今話をしたのは俺が勝手に作った幻覚ってやつだろうか。そうに違いない、寝よう、と俺の理性は簡単に問題を放棄した。脳のまともなところが警鐘を鳴らしてるけど、俺はこの後に及んで現実から目を背けようとしている。

「…ほら、健斗」

水、という、囁くような小さな声といっしょに掌にひんやりとした感触が押しつけられた。その感覚に思わず目を開いて、それから後悔をして、俺はもう一度目を閉じる。夢だ、夢。これは俺の妄想に違いない。

「……」

ぐいっと掌を引っ張られて、冷たい水が唇を湿らせる感覚がした。ついでに水が鼻に入って痛い。なにするんだ。しかも俺の妄想はそれだけじゃ飽き足らず、そのままコップをどんどん傾けようとしている。俺は陸地で溺れかけている。

「っ、…伊鶴!」

……やってしまった。ごほごほ、とむせながら、俺は自分で状況を認めてしまったようだ。俺を水責めするのをやめたらしい伊鶴が目の前に見える。夢じゃない。妄想でもない。

「…おはよう、健斗」

涙の滲んだ目をぐいと擦れば、すぐにわかる。伊鶴の両の瞳は、笑ってしまうほど真剣に、まっすぐに俺を見つめているのだった。

「……おはよう、伊鶴」

ゆっくりと顔を廻らせれば、ここが俺のアパートだってことはすぐにわかる。昨日の日付に締切のマークがついたカレンダーが目に飛び込んできたせいだ。で、俺が横になっているのは、俺の使ってる安いベッドらしい。伊鶴はまだ半ばほどまで水が入ったコップを手に(起きなかったら、あれ全部注がれてたんだろうか)じっと俺を見つめたまま。

繰り返すようだが、三次会以降の記憶がない。なんで伊鶴がここにいるのか、昨日伊鶴に何か話したのか、まったくもってわからない。背中を冷たい汗が伝った。

「…あー……、水、ありがと」
「…ん」

伊鶴の態度を見る限り、あまり変なことはしていない、と思う。たぶん。少なくとも、嫌われるようなことは。…まあ、そう祈るしかないんだけどさ。前だったらきっと考えるよりまえに伸ばして伊鶴の髪をぐしゃぐしゃ撫でていた手を引っ込めるのに苦労しながら、俺は込みあげる吐き気に呻く。

昨日どれだけ呑んだのか、簡単に想像がつく気持ちの悪さだった。口を押さえた俺に不安そうな顔をした伊鶴が、ぽんぽんと背中を叩いてくれるのがわかる。けどその顔も確かじゃないくらいに眩暈に襲われて、俺は伊鶴の胸を押しのけて立ち上がった。ぐらりと身体が揺れる。

「健斗」

焦ったように伊鶴が身体を支えてくれようとするけど、ごめん、それどころじゃない。さすがに好きな相手に嘔吐する姿は見せたくない、ってんで、俺は壁とかいろんなところにぶつかりながらトイレに駆け込んだ。…まじで、俺、かっこわるい。







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