main のコピー | ナノ
7




慣れない手つきで薬草を煎じているシルヴァを、スグリはさっきから不安そうに覗き込んでいた。寝てろといっても無駄だったから、シルヴァも諦めて薬草をごりごりとすり潰す作業に心を砕く。役割分担がしっかりと決められているこのムラではシルヴァは無論薬草を煎じたことなどないし、げんに今だってスグリが逐一指示を出してくれなければどうすればいいかなんてわからなかった。

「…シルヴァ、俺、やるよ」
「だめだ、寝ていろ」

けれどそうやって言ってしまうのは、シルヴァの意地だ。見るからに熱を出しているスグリに無理をさせたくはない。頼ってもらいたいし、守ってやりたいと思う。むむ、と言葉を切って黙り込んだスグリは、また不安そうな眼差しでシルヴァの手元を覗き込んでいた。

すり潰した薬草と、他の薬草の乾燥させた粉末を混ぜ合わせる。それを丸めて丸薬にすれば、風邪に効く生薬が出来るのだという。身体が丈夫なシルヴァはあまり薬というものに馴染みがなかったが、スグリはべつだ。かれは幼いころから身体が弱いことに苦しめられてきたようだし、こうして寝付くことにも、薬を飲むことにも慣れている。

「…」

スグリの、熱に潤んだあおいろが不安げに瞬いている。スグリがやったほうが早いというのはシルヴァだってわかっていたけれど、こんな状態のスグリを前にして黙ってかれを見ているだけなんていうのは、いやだった。ようやく丸薬にする前の段階まで至った薬を置いて息を吐き、シルヴァはスグリの額を撫でる。熱い、と零せば、火傷をしてしまいそうなくらいに熱を持った掌が伸びてきてシルヴァのそれを捕まえた。

「スグリ」

ふわふわとそのままかれが何処かに消えてしまいそうで、怖くて、たまらない。スグリはあんなにもシルヴァの言葉を覚えようと頑張っているのにけっきょくシルヴァはスグリの言葉をくわしくは知らないままで、だからこんなとき、うまく言葉が出てこない。言えるのはかれの名前だけで、けれどそれでもスグリがわらうから、シルヴァは何も言えなくなる。

身体を起こしたスグリが、シルヴァが煎じた薬草を、丸めるまえにひと摘まみして食べてしまった。びっくりしてかれを見れば、ごくんとそれを飲み下したスグリがシルヴァのほうをきょとんと見返してくる。…たしかに丸くするのは飲みやすくするためで、別段問題はないはずだけれど、これはあんまりだと思う。あの薬草は、信じられないほど苦いのだから。

スグリがいつもいうように、倒れたり、風邪を引いても大したことはないというかれの主張はどうやら、こんなところにも及んでいるらしい。スグリは慣れ過ぎている、と思う。自分の体調のことを、諦めているのかもしれない。

放っておいても、すぐに、よくなるから。それは初めてスグリが倒れたときに、アザミの助けを借りてスグリがシルヴァに言った一言だった。そういう問題ではない、と言いたかったのだけれど、スグリはすぐに寝入ってしまうからそれも出来なくて。いまも、同じようなことを考えているに違いない。もどかしく思いながら、シルヴァは寝返りを打ったスグリの髪を指で梳いた。まだ残っている薬草を、かれが寝ている間に丸薬にしてしまおうと思う。すこしでも早く良くなってほしいし、これ以上辛い思いはしてほしくない。そんな気持ちがかれに通じればいいと、思った。

「…」

ほどなくして、スグリはゆっくりと寝息を立て始めた。
その横顔を見ながら、シルヴァはゆっくりとため息をつく。かれの症状はおそらく疫病の類ではない。疫病ですらないのに、こんなに身体を弱らせて、高い熱を出しているスグリが、もしほんとうに疫病にかかってしまったら。

想像するだけで胸がきりきりと痛んで、シルヴァは行き場のない感情をどうしていいかわからないで天井を仰ぐ。

疫病のほうは、どうなっているのだろうか。それぞれの家から出歩くことが出来なくなれば、連絡は弓矢にくくりつけた文を通してすることになる。一先ずは事情に詳しいアザミに連絡をしてみようと、寝台のそばから立ち上がった。

「…ん」

すると、むずかるような声を上げてスグリが寝返りを打つ。赤く染まった頬に手の甲を押し当てると、火傷してしまいそうなくらいに熱くて驚いた。

スグリは一度倒れてしまえば、すこやかに眠りつづける。だからその実、シルヴァは、かれが苦しんでいる姿というものを見たことがほとんどない。あるとすればそれは、かれをこのムラに連れてきたときくらいのものだ。あの時もかれはとても具合が悪そうにしていたし、この寝台に寝かせてやるとすぐに意識を失った。あれは無茶をして走ったり、それからあとで聞いたところ、どうやら酒も飲んでいたらしいからそのせいもあるだろう。けれど今は違う。

冬の冷え込みがそのからだに障ったものか。いままでのように昏睡をするわけでもないスグリの風邪に、シルヴァはどうしていいかわからないでいる。そしてそれは、とてももどかしいものだった。

唇を噛み、汗で額に張り付いたほつれ毛を払ってやって、シルヴァは足早に部屋を出る。何か、何でもいいから、スグリのために何かをしてやりたかった。









top main
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -