15
ちょっと困った顔をしているシオンに、郁人は背後でうずくまる洸のことなど知りませんという顔をして笑いかける。
「ありがとう、シオン。これでたぶん解決出来るよ」
「お役に立ててよかったです。今日は嵐もだいぶ良くなりましたから、橋の復旧作業が進みそうです」
「それはよかった。…ラインハルトに、また死人が出たとだけ。アリアの南の街に住む、ジェイキンスという探偵だ」
「わかりました。…ほかになにか、お手伝いできることはありますか?顔をみれば、誰が犯人かわかるかもしれません」
シオンがそういうと、郁人はあの、見るものを黙らせるようなうつくしい微笑みを浮かべた。そうして言うのだ、ためらうことの、ひとつもなしに。
「大丈夫。おれは、探偵だからね。もうこれ以上死人は出させない」
「…、わかりました」
シオンはそう頷くと、ひとつ敬礼をして窓枠に足をかけた。まだぱらぱらと雨が降っているのにもかかわらず、それではご無事でといい置いて躊躇わずに跳躍する。ひらりとはためいたターバンが見えなくなって、郁人は窓を閉めた。
「で、なにがわかったんだよ、洸」
「いや、なんだよおまえこそ。らしくねえじゃん」
「なんだかすごく大切なことを見逃してる気がするんだ」
「うん」
でもそれがなんだかわからない、と言った郁人の頭を、洸はぽんぽんと撫でてやった。やはりかれにとって、得体のしれないもの、というのは相当な恐怖であるらしい。まずはその恐怖を、取り除いてやるのが先だ。
「三兄弟が犯人でなかったのは、ただ、誰かがそいつらを殺したからだろ?」
「…そうだな」
「お前も言ってただろ。じいさんは自分の命を狙われてるって知ってたって」
「……」
「ミシェルだって、勘付いてはいたんだろ?」
ほうっと洸を仰ぎ見た郁人が口に出したのはけれど、それの答えには似つかわしくない言葉だった。
「なんだおまえ、意外とおれの話きいてるんだな」
…思わず脱力した洸に構わず、どうやら郁人はなにか鍵を手に入れたようである。洸のほうをじっと見て、それから唇を震わせた。
「ミシェルも一緒に殺されてもおかしくなかったわけだな。屋敷に知れ渡る殺意なら、ただ遺言がないからといって自分たちも遺産を手に入れられるとは限らない。けれどもう一人の子供も居なくなったら、三人の中で誰が相続しても山分けすればいい」
かちり、とどこかのネジがはまったように、郁人は話し出した。洸はそれを心地よく思う。やはり郁人は、こうでなければ。
「犯人はミシェルを守ったのか。…なら何故、老人をも殺した」
洸は自分の考えを口に出そうか出すまいか、少しだけ悩んだ。こうして犯人の思考を想像出来ることは、正直いうと郁人には知られたくない。
「犯人はケイだろう」
洸がそういうと、郁人は跳ねあげるように顔をあげた。ゆっくり三度まばたきをして、それから洸の言葉を待つ。
「ケイだけが、過去が掴めない。それに、朝大広間に行って戻る時、階段でケイとすれ違ったろ?あんな朝早くに、使用人の部屋は一階にあるのに、なんで二階からあいつが降りて来たのか不思議だった」
郁人は寸の間目を閉じた。記憶を手繰っているのか、それとも論を再構築しているのか。どちらにせよ洸が真っ先に疑った男を郁人が完全に無視していたのがわからなかった。けれど口を開いた郁人が、自分からその理由を暴露する。
「…最初にかれを見たときに、なんとなくお前に似てるな、と思ったんだ」
「なんだよ、それ」
「…必死にミシェルを励ましていたものだから。でも、かれが犯人だとすると、納得がいくこともある」
どう考えてもミスリードだった、犯行現場の濡れた絨毯。五年前にミシェルが連れて来た庭師。ミシェルの命を狙ったかもしれない三兄弟の死。
どれも繋ぎ合わせると、犯人はケイだと思われるものばかりだ。けれど。
「なぜ老人を殺した。…ケイがミシェルを守りたいのなら、あれはかれを悲しませるだけだった」
しんそこ不思議そうな顔をした郁人を前に、洸はほんのり苦笑する。わかるといったらどんな顔をするだろう。
…もしもおまえがあの家を継ぎたくない、兄と争いたくないと言いながらそれでも国を棄てる決意を固められなかったら、俺はきっとケイと似たようなことをすることを躊躇わなかった。
そういったら、郁人はどんな顔をするだろう。洸は、だから、言いたくなかった。
なんとなくケイの気持ちがわかる気がすると言ったら、驚かせてしまうだろうから。
「ケイはあの暗号が守る宝を知っているのか?…あれにはなにが隠れているんだ」
「それは知らねえが、どっちにせよケイが暗号をしらねえことは確かだろうな。知ってんなら、開けて中身を移せばいい」
「なら、大広間に急ごう。探偵たちが皆で暗号を解こうとしても、不思議じゃない」
郁人は慌ただしく立ち上がる。洸も頷いて、腰の剣を抜刀しやすいようにしておいた。自分に当てはめてみれば、いまのケイの危険性はよく分かる。まあなんでもかんでも殺しはしないけどさ、と自分に言い訳をして、洸は郁人に先立って部屋を飛び出した。