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「暗号がどんな宝を隠しているんだか、それもわからないんじゃお手上げだな」
「開いてみてもいいが、調べるだけで殺されるんじゃ困るしな」

二階にあるのは探偵が寝泊まりしている部屋だけ。三階には主人や三兄弟の居室。一階には大広間と使用人の部屋。あやしげな個室などはないし、ほかに怪しむべきものも見当たらない。不思議なものだった。

「なあ、郁人」
「うん?」
「その盗聴器、なんのためにつけたんだろうな」

郁人が大広間での会話を傍聴しているその魔石は、三兄弟の部屋にあると郁人は言った。事実、三兄弟の居室にあったのだからかれの読みは正しかったわけだけれども。

「三兄弟はじいさんを殺すはずで準備をしてたのに、山の下で死んでた。盗聴器は館にあった」
「そのとおりだ。…いや、待てよ」

郁人はその言葉に天啓を受けたように、声を上げた。額に手を当て、なにかをじっと考え始めている。どうにも調子を狂わされているらしい郁人も、ようやっといつもの推理力を取り戻しているようだ。

「もし、最初から三兄弟が館に戻ってこないことを知っていたら?」

三兄弟の部屋以上に、あつらえ向きの物置などない。

「…おまえがきのう犯人と出くわさなくて、ほんとうによかった」
「……だから、負けねえって言ってんだろ」
「おまえ、こんなとこでいきなり犯人殺したら捕まるぞ」
「…そーですね」

ちょっと郁人が笑っていたら、ふいに窓の方から物音がした。咄嗟に剣を抜いて郁人を後ろに追いやった洸がそちらを見れば、そこには。

「シオン!」

窓枠に脚を引っ掛けてぶら下がっているらしい、見知った白い青年の姿があった。呑気に手を振っているかれに、洸は呆れ気味に寄っていって窓を開けてやる。音もなく部屋に着地をしたかれは、お疲れ様です、といって笑った。

「やけに早いね」
「ラインハルトさんと一緒に、この下の街まで来てたんです」

お土産です、といって名産品のクッキーの箱を渡される。相変わらずズレたやつだと思ったのは、どうやら洸だけだったようだった。 嬉しそうに受け取った郁人が、ひとまずシオンを座らせてやる。

「橋落ちてたんじゃねえの?」
「うらの絶壁を登るとなんとかなりますよ。あんまりオススメしませんけど」

そもそもおまえ以外にできるやつ居るのかよ、と洸は思ったが、郁人がうずうずしていたので黙っておいた。いまはかれに、とりあえず情報を供給してやった方がいい。

「シオン。早速だけどいくつか聞きたいことがある」
「はい、なんなりと!」

嬉しそうに笑ったシオンは、こうして郁人のもとめていた情報をもたらしてくれたのだった。

「まず、下の街っていうのはこの屋敷の三兄弟が死んでいたところだよね?」
「はい。全員、宿の中で刺殺されていました。宿の従業員は犯人らしき人間を見ていないと言っています」

頷いて、郁人は紙になにかを走り書いている。なんとなくそれを眺めながら、洸はなんとなく事件の全容が見えているようなそんな気がした。いつも郁人の思考に追いつけない洸にしては、珍しいことである。

「その傷口は?…おれを刺したあのナイフと、おなじものだった?」

シオンは少し驚いた顔をしていたが、ほんの少しほっとしたように洸には見えた。かれは頷いて、話し出す。

「はい。…あまり面白くない話なんですが、聞いてもらえますか?」

もちろんだよ、と郁人が言う。洸も異論はないから頷いてやると、シオンはほっとしたように話し出した。

「僕は山の国のサーカスで生まれ育って、そのあと傭兵団に買い上げられました。まあ暗殺や後ろ暗い戦闘専門の部隊みたいなところに配属されて、いろいろあって脱走してラインハルトさんに拾われてって感じなんです」

郁人は口を挟まなかった。だから洸も押し黙り、黙って話の続きを待つ。シオンは表情を崩し、郁人の顔をじっと見た。

「お察しの通り、郁人さんを刺したあのナイフはその部隊で使われていたものです。ですから今回の犯人は、僕と同じ部隊の出身と見て間違いがない。単独犯で間違いないでしょう」
「…なるほどな」

頷いたのは洸だ。それからシオンに向き直り、ちょうど隣で考え事をしている郁人の後ろから手を回して、ナイフを突き立てる真似をする。

「こうやって殺す手口もあるな?…ナイフでぐりっと抉るのも」
「はい。…ナイフの形状を見分けられなくするための技なんですが、お見通しでしたね」
「切り口が妙だと思ったからな」

それから、と不意に思いついたように洸が口を開く。どことなく楽しそうだった。

「三兄弟はさ、ほんとにじいさんを殺そうとしてたんだよな?」
「はい、拳銃もありましたし」
「そっか。さんきゅ」

納得がいった顔をした洸に、郁人がじめりとした視線を向ける。拗ねているようだ。

「なんだか今回は、お前の方が冴えている気がするぞ」
「今は俺が探偵だからな」

ふふんと勝ち誇って言ったら、腹に肘打ちを決められた。相変わらずだ。








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