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のろのろと壊れたフェンスをあたらしく取りつけながら、悠里は頭のなかのもやもやを整理出来ないもどかしさに泣きそうになっていた。何も言わないままに早足で弓道場に戻っていったかれに、あまりに予想外すぎて固まってしまった悠里はなにも出来なかった。真意を尋ねることもそれ以上の追及も出来ずに、そういえば助けてもらった礼さえ出来なくて。

どうすればいいのか、ちっともわからなかった。

「…悠里」

そのとき、ぐらりと揺れた重いフェンスを支えてくれたのは、聞きなれた声の持ち主だった。また驚いて勢いよく振り向けば、そこにいたのは困った顔をした柊で。色々なものがこみあげてきたのをぐっとこらえて、悠里は震える声でかれの名を呼ぶ。

「柊、なんで…」
「お前がそれ運んでたの、窓から見えたから。…何やってんの」
「…フェンスつけてる…」
「それはわかる。…何かあったのか?」

そうやって優しく聞いてくれる柊に思わず涙が溢れそうになって、悠里は頬を噛んでこらえた。泣きたくはない。これ以上情けなくなるのはごめんだった。なにも言えずに俯いた悠里の手からフェンスを取り上げ、広げっぱなしでちっとも役に立っていない説明書を拾い上げた柊が、警報を鳴らすコードを手際よく隣のフェンスと連結させていく。

「柊、俺、どうしたらいいのか、わかんなくて」
「…劇のこと?じゃ、なさそうだな」

そんな柊の背中を見ていたら、ぼろぼろと口から不安が零れていく。柊にこんなこと話したってかれが困るだけだと分かっているのに、もう、悠里は堪えられなかった。

悠里は、周りの人間がどんなものを背負って立っているのか、少しも知らない。そこにどんな苦労があって痛みがあるのか、なにも理解していなかった。それなのに支えてくれていた人たちなのに、だからこそ支えたいと思うのに、悠里には何も出来ない。

悠里は、柊のように強くなりたかった。かれが悠里をきっかけにして、なにか大切なものを掴み取ってくれたように、そんな強さが欲しかった。

「…俺さ、中学校までのこと、まったく覚えてないんだよ」

突拍子もなく悠里が吐き出した言葉に、柊が目を丸くする。それも当然だろう。この話を誰かにするのは、初めてだ。かれにネジを渡しながら、悠里はぽつぽつと語った。

「たぶん、…何か、あったんだと思う。俺が、…こんなふうになったのも、たぶんその時のせいで」
「…うん」
「今のままじゃいけない、って。思ってるんだ。きっと変われると思ってる。…でも」

どうすればいいのか、わからないんだ。そう吐き出した言葉に、柊は寸の間黙った。手を伸ばしてやりたいと思う。出来ることなら、救ってやりたいとも。大丈夫だといって笑ってやって、けれどそれでは、悠里にとってよくないと、だが柊は知っていた。

「でも、怖くて。知らないことだらけで、知らないうちに誰かを傷つけてた」

悠里の口からこんなふうな不安を聞くのは、初めてだった。自分で少しも解決のいとぐちを掴めていない悠里の姿は驚いてしまうほどには苦しそうで、不安そうだ。これがほんとうの悠里の姿なのかもしれない、と思った時、柊の胸に宿る衝撃は驚愕だった。

悠里は、この男は、…柊にたくさん大切なことを教えてくれたかれは、こんなに頼りなく見えただろうか。喧嘩が出来なくても、ほんとうは冷たさなんて欠片もない性格をしていても、かれは決してこんなふうに不安定ではなかった。そこにいるだけでどこかほっとしてしまうような、そんな芯のある強さを持っていたはずだ。

けれど今は違う。しゃがみこんだままその黒髪を抱え、閉じ籠もるみたいにして自分の身体を抱えた二本の腕の向こうでくぐもった声を上げる悠里は、あまりにも頼りない。柊は唇を噛み、ひとまずのところは処置を終えた工具を放り棄ててかれのまえに向き直る。

「悠里」

その頭をぐしゃぐしゃと撫でてやると、悠里はどうやら柊の名前を呼んだようだった。うまく聞き取れなかった言葉に耳を澄ませるようにすれば、悠里が何か言葉を紡ごうと深呼吸をしているのがわかる。

「愛をすることは、こわい」

小さな声だった。

腕の隙間から覗いた悠里の瞳はどこか茫洋としていて、柊は不安になる。あれだけたくさんのものを悠里から貰っているのに、何一つ返してやれないのかと思うと、怖かった。だからその手を掴む。まだ何もわからなかったけれど、悠里の怯えているそれの正体すら知らずにいたけれど、けれど何かをしてやりたかった。悠里のことが、好きだから。

「…柊」
「こんな時くらい、俺のこと頼れよ」

はっと顔を上げた悠里の瞳が、大きく見開かれる。何か言おうとしたのを遮って、柊は大股で歩き出した。向かう先は決まっている。あの場所でなら、きっと悠里もなにかを伝えてくれる、と、柊はそう思っていた。







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