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「どうよ、アル」
「…」

すっかりレオンハートくんを懐かせた俺は、あの後焼き上がったパンを半分かれに持たせて部屋に戻ってきていた。今日はちいさいクロワッサンだ。昼にはちょうどいいかな、と思って。パンを焼きたい、とハイスペックじいさんにいっておいたのがよかったらしく厨房にはおよそ焼けないパンはないってくらい道具や材料が揃っていた。キラキラした目で生地をこねる俺を見ていたレオンハートくんといっしょに形を作ってオーブンで焼いて、焼きたてをひとつ食べさせたらとんでもなく天使のような笑顔になってくれて、なんかいろいろ吹っ飛んだね。子供はいいものだ。

母さまたちにも食べさせたい、といったレオンハートくんにバスケットごとパンを持たせてあげたから、自分のぶんを持ってくるのに苦労した。お盆に載せて運んでたんだけど、どこからかあのじいさんが飛んできてエリオット様にこんなことをさせるわけには!って取り上げられちゃったしな。

「…美味い」
「そんな怖い顔して言うなよ!なんであの天使と仲悪いんだ、お前」

そういやレオンハートくんのお母さんはこの城にいらっしゃるんだろうか?それともアルのお母さん…先王の妃のことを呼んでいるんだろうか。どちらにせよ、お口にあえばいいんだけど。
レオンハートくんは、別れ際に俺の目をじっと見て、

「兄さんは嫌いだけど、あなたは好きだ」

なんていってくれた。また一緒にパンを焼こうと約束までして。まじ天使。芸は身を助けるなー、なんて思ってほのぼのしていた俺の口にクロワッサンを突っ込んで、アルは不満げな顔をしている。

「お前は俺の後宮だぞ。あいつの子守じゃない」
「いいじゃん別に!」

そんなことを言うもんだから、部屋をでる前のことを思い出してしまった。かっと赤くなるのを自覚して、俺はそのキラキラフェイスから思いっきり身を仰け反らせる。

「エリオット?」
「いや、何でもない!体操だって体操!」
「…、嫌がることは、何もしない」

また例の苦しそうな顔をして、アルはそんなことをいった。なんとなくむず痒くてほっぺたを掻きながら、俺は悪かった、ということしかできない。あくまでも対外的に次の王様はレオンハートくんだって示したいだけなのに、そのせいで男である俺を後宮にしなきゃならなかったアルもかわいそうなやつだ。
それに。…俺はもうアルの後宮だ。だから、アルが望むことならそれを拒む理由はない。そうだっていうのに、アルは本当に優しい。
やさしいからこそ、俺はわからなくなることがあった。どうして、こんなに平気でいられるんだろう。俺なんかを後宮に据えてさあ。いいことなんて、毎朝焼き立てのパンを食べられることくらいしかないぞ。

「明日からは俺も政務がある。暇になったら俺の部屋に来い。この隣だ」
「…なあなあ、後宮ってどこにあるんだ?」

やっぱり薄々感づいてたけどここは後宮じゃないらしい。城だ。
なんかハーレム!みたいなところがあるのか期待して聞けば、アルに苦笑いをされた。おばちゃんがたによるときれいな顔の下に腹黒い野望を抱えた人間たちが渦巻く豪華な場所があるはずなんだけど。

「父や叔父の後宮は、離宮にある。お前が行く必要はないだろう」
「いや、なんかこんな立派な部屋貰って申し訳ないなーと」
「たしかに、お前の店より広いのは確実だな」

潜入しようと思っていたらふつうに釘を刺された。きっとうっすら分かっていたんだと思う。そういやアルが王様なんてしらないもんだから、ふつうに俺こいつに王宮の噂話とかしてたぞ。じつはアルベルト王にはこの下町に恋人がいるとか、なんとか。これってあれか。今となってはまさか俺っていうことになるのか。思わず咳き込んでたらアルに笑われた。
なんだかアルがいつもどおりのアルにもどったことにほっとして、俺は黙って肘鉄を食らわせるだけに留める。ほかにも聞いておきたいことはたくさんあったけど、今日はもう、なんかいいやと思って伸びをした。

「広いな、城って」

思ったことを口に出せば、アルはひとつ頷く。政務においては敏腕だし真面目なんだろうけど、笑うとあんな顔をするせいか、なんだか俺のなかでアルは弟みたいな存在なのかもしれない。
そばにいると落ち着くしほっとする。それだけは、俺たちが会うのが週にいちど、夜の間だけのころからかわらなかった。

「この城のなかは安全だ。だけど、あまり気を許すなよ。お前のことを利用しようとする奴はいるかもしれない」

アルはそういって俺の手に触れた。掴もうとはせず、手の甲を包んでいるだけの触れ合いだ。だけどその手のひらが暖かくてやさしくて、俺はともすれば錯覚してしまいそうになる。

唇を噛み、黙って耐えた。まるで本当に、たったひとりの後宮としてアルに選ばれた、みたいな、そんなくすぐったい、けれど決して不快ではない錯覚から目を逸らすために。



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