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飴と鞭
真面目×チャラ男



「じろーちゃん、あそぼ」

がらりと教室の扉を開けて、ものすごく目立つ人が大声を上げた。着崩したブレザーに、目に刺さるような金に染めた髪。しかも前髪をプラスチックのボンボンで額の上でまとめているが、れっきとした男だ。どこからどう見ても、真面目な人間は関わり合いになりたくない類の人間だった。

なので俺は黙って教科書のページを捲る手を早めた。予習復習は勉強の一番根底にあるところだ。こうして教科書を読んでおくだけでも、理解度は段違いに上がる。

「じろーちゃんてば」

ちなみにここは二年生の教室で、金髪の人は三年生であることを示す赤いピンバッチを付けている。ざわつくのを通り越して凍りついてしまっている教室を鑑みても、かれはここに居ていい人間じゃない。

「…」

窓側最前列の、俺の席の前。かれは一直線に、そこまでやってきていた。仕方なく顔を上げる。すると、その表情がにへら、と綻ぶのがわかった。男にしては大きい垂れ目に、重そうなくらいには密に生えた睫毛がその頬に影を落としている。痛々しく染め抜かれた金髪の毛先が、ぱらぱらと頬に散っていた。

「あそびにきたヨ!」
「きたヨじゃねえよ…」

セーターの袖は見てられないくらいに伸びきってるし、シャツだってボタンを掛け違えてるんじゃないかってくらいに乱れてる。不自然に赤く色づいた唇が弧を描いているのを見て、思わずくぐもった低い声が漏れた。

俺はこの教室ではいちおう真面目な図書委員長で通っているわけで、校内でもいろんな意味で有名人であるこの男−−−、真鍋雄大とは、どう考えても接点が思い浮かばないはずだ。けれど周りはすでに生温かい目でこっちを見守っているわけで、つまり、俺と雄大が知り合いだということは周知の事実ということになってしまっている。

それも当然といえば当然だ。去年、色々な希望を胸に抱いて入学した俺を待ちうけていたのは、入学式が終わって早々俺の名前を呼びながら駆け寄ってきたこの男による熱いハグだったわけで。これでもかってほどに輝く金髪はめちゃくちゃ目立っていたし、この馬鹿は声がデカいので、そりゃあ全校生徒の視線を一手に集めるわけである。思いだしただけで怒りがふつふつと沸いてきたけど、ねえねえと俺の腕を引っ張る馬鹿と一緒にいるところをこれ以上クラスメートたちに見られたくなかったので、しかたなく教科書を伏せて立ち上がった。運悪く今は昼休みで、どう見積もってもこのまま放っておいたらこの男はあと三十分ずっとここで勝手に喋りつづける、ということを、すでに俺は経験則上わかっていた。

「…行きますよ、先輩」
「その呼び方やだっていったじゃーん!昔みたいにゆーちゃんってよん…」

最後まで言わせないうちに周りに見えないように雄大のつま先を思いっきり踏み、俺は足早に教室を出た。お邪魔しましたー、と呑気な声を上げて、ちゃんと教室の扉を閉めた雄大がついてくる。

「教室に来るなって言っただろ!」
「だってじろーちゃんオレの教室来てくれない…」
「なんで行かなきゃいけないんだよ」

向かう先は非常階段だ。昼休みは人通りのないここは、不本意なことに雄大と俺が決まってやってくる場所になってしまっている。赤く色のついた唇を突き出して、雄大は不本意さを前面に押し出そうとしていた。男のアヒル口なんて一切可愛くない。

「じろーちゃんがつめたい…オレ泣いちゃう…」
「はあ…」

ため息をついて頭を抱える。腰を下ろした階段は冷たかったが仕方ない。教室であの生ぬるい視線を浴びるよりはましだ。
俺とこの男、雄大は、はす向かいの家に住む幼馴染である。小学校、中学校、そして高校まで一緒だ。正直なところ高校は絶対に被らないと思っていたんだが俺が違う学校へ行くことを見越した雄大が馬鹿のくせに頑張って勉強をして一足先にこの県内随一の進学校へと入学したせいで、測らずして進学先が重なってしまった。まさかこいつのせいで学校のレベルを落とすなんてぜったいにごめんだったので、仕方なくこうしてこいつの後輩になっているわけである。

雄大がこんなふうにチャラチャラしてるのは、なにもいまに始まったことじゃない。自由主義のこいつの父さんに唆されてこいつが髪を好きな色に染めだしたのは小学校のころだし、中学校くらいからはもう近隣でも真鍋雄大、と名前を聞けばすぐにああ、あの子、となるような存在だった。こいつは人当たりはいいし最低限度のマナーもあるせいで、たいていはあたたかい眼差しで見守られてきた。昔こそきらきらしたこいつの髪を綺麗だなと思ったりしていた俺も、いい加減ひとつ年上のこいつにべったりされるのに辟易しているというわけである。目立つし。俺は地味に生きたいのに。登下校もいっしょがいいと駄々をこねるし、俺のことをまるで弟かなにかのように友達連中(たいてい怖い)に見せびらかす。

「…むかしはオレのことすきーっていってくれたのに…、睨むし、冷たくするし、怒るし」

床にのの字を書きかねない勢いで、雄大は膝を抱えてぐずぐずと泣きごとを垂れている。足を伸ばして蹴り飛ばしたくなったがぐっとこらえた。こいつはすぐ泣く。かなり泣き虫だ。宥めすかして機嫌をとるのは無駄骨である。

「…雄大」

近頃はめったに呼んでやらない名前を呼ぶと、雄大はばっと顔を上げて俺を振り向いた。二段上に座った俺を見上げた額をべちんと弾く。額の上で髪飾りがじゃらじゃらと揺れた。あれは中にビーズかなにかが入っていて、動くと音を立てる。邪魔じゃないんだろうか。

「…」

ずい、と突き出したのは、チュッパチャップス。昔からこれさえ与えときゃ大人しくなるから、俺のポケットにはいつだってこれが二、三本入っていた。

「プリンだ」

心底うれしそうに笑って受け取った雄大がいそいそと包み紙を開ける。朝にやったやつはたしかチェリーだったから、授業中にでも舐めていたんだろう。唇がいつもより赤いのはたぶんそのせいだ。まず口を拭け。たまに補導されかけているこいつだが大抵の理由はこの飴の棒が煙草に見えるなんてばかげた理由である。いい加減に他のものに変えたほうがいいかもしれないとはずっと思っていたけど、こいつが俺がやったチュッパチャップスの包装をいちいち取っておいていることを知っているからそんな気にもなれなくて、そのままだ。

こいつの汚いことこの上ない部屋に、けれど埋もれることなく鎮座しているクッキーの缶がある。よくお歳暮とかでもらうやつだ。そのなかにぎっしりと詰まっている色鮮やかな包装のことを思い出し、ひとつため息をついた。

ダリの描いたヒナギクの模様は有名だ。結構フレーバーが入れ代わるから、あの缶の中はすごくカラフルで綺麗だったのを思い出す。噎せるくらいに甘い匂いのするあの缶に、今日もまた一枚コレクションが増えそうだ。

「で、何の用」
「さいきん、じろーちゃんと話してない」
「…」

さっそく機嫌をよくしたらしい雄大は、じっと俺の顔を見上げて言った。赤い唇に、今度はカラメル色の飴が触れる。

「…帰り、待っててやるから。図書室な」

え、と頬を飴で膨らました雄大が目をまんまるに見開く。それからへにゃりと笑った相変わらずのアホ面を可愛いと思ってしまうあたり、我ながら甘いな、と思った。






Happy birthday for 4/12!



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