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Beyond Good and Evil 13







魔王のいる部屋の前まで、俺たちはあっけない速さで進んだ。俺は門番だとかモンスターを造作もなくなぎ倒すレオンに茫然としていたんだけど、レオンのほうは対して手間取った様子もなく俺の手を引いてこの複雑な城を走るから、俺はただただ死に急ぐことしか出来ないでいる。

それはもういい。…大事なことは、ほかにある。俺はまだ、レオンに言ってないんだ。俺が魔導を展開させる間、時間を稼いでくれ。それでぜんぶ、終わるから。言わなきゃいけないのに。レオンはいまにも、この大きな扉に手をかけようとしている。

「ま、待て!レオン、ちょっと落ち着いてから」
「いいだろ、そんなの」
「よくない!聞いてくれ、話したいことがある」

究極の黒魔導を使うのには、結構な長さの詠唱が必要なのだ。それまでレオンには耐えてもらわなきゃならない。いくらレオンが強くったって、生身の人間が剣一本で挑んで勝てるほど、魔王ってものは甘くない。

「ばかやろう」

レオンはわずかに俺を振り向くと、その顔に、見たことが無いくらいの晴れやかな笑顔を浮かべた。それがこの場とあまりに不釣り合いだったので、俺は思わず言葉を失くす。茫然とその顔を見返していると、屈んだレオンが、俺にそっとキスをした。


「…―――お前に黒魔導なんて、二度と使わせたりしねえよ」


その言葉を、俺が理解するよりさきに。
レオンの手は決戦の舞台が待ち受ける大きな扉を、何のためらいもなく押し開いた。レオンがなにを言ったのか理解が出来なくて立ちつくす俺を前に、剣を構えたレオンが裂帛の気合をその唇から漏らして走り出す。俺は、それを、あっけにとられて見ている。

―――レオンは、今。なんていった?

レオンと魔王の剣が打ち合う鋭い音が響く。俺はそれにはっとして、まだ何も考えられないままに大広間に飛び込んだ。レオンのまえには禍々しい気配を纏う男。あれが魔王なのか、と思う感慨も今の俺にはない。けれど、早く魔導を展開しなければ。レオンが傷つくよりまえに、死んでしまうよりまえに。

「…―――なあ、ノア!」

必死に精神を集中させようとする俺に、激しい打ち合いを重ねるレオンが声をかけてきた。弾んだ声のさなかで、俺はレオンの言葉を聞き取ろうと思わずそっちに集中してしまう。なんで、なんでそんなこというんだ。まるでしってたみたいに。…ぜんぶ、しってたみたいに。

「お前がくれた世界は、すごくきれいだった!」

俺の頬を、わけがわからないまんまに熱い涙が伝っていた。くそ。泣かないって、決めたのに。必死に魔法陣を描く。手が震えて、上手く描けない。ほんとうならすぐに光芒を放つ魔法陣は、宙にぷかぷか浮いているだけだ。

―――なんで。

疑問符ばかり頭に浮かんで、訳が分からない。それと同時に、強制的に俺の命を魔力に変換しようとしたはずの黒魔導が、なにかひどくつよい力に遮られるのを感じた。茫然として顔を上げると、視界が赤く染まっているのが分かる。その向こうで、信じられないけれど互角に魔王と戦っているレオンの背中。

「…あ」

胸の上で揺れる紅いペンダントが、あわい光を放っている。レオンがくれた、あのペンダントだ。俺はとっさにそれを握りしめた。熱い。これは、なんだ?ちっとも身体に力が入らなくて、黒魔導なんて使えっこない。まるでそういう妨害魔法をかけられたみたいだった。とっさにそれを外そうとしたら、なにか意志を持ったようにペンダントの鎖は俺の首を離れようとはしない。

「……なん、で」

頭のどこかで、理解をする。―――レオンはこれを、なんの効果を持つアクセサリかわからない、といった。それは、うそだ。…これは魔法を封印する、そんな呪いのアイテムに間違いない。だって、そうじゃなきゃ、なんで俺が黒魔導を使えないのかちっとも説明がつかない。なんで。なんでレオンは、俺にそんなものを。

もう、わかってた。

「レオン!!」

剣を取る。駆け寄る。けどもう遅いことなんて、そんなことも、分かってた。魔王の胸を貫くレオンの剣の切っ先。いつだって俺の道を切り開いてくれたそれ。

禍々しい形をした魔王の剣先が、いつも俺の先をいく、その背中から生えている。

「…ッ、あ、っ!」

苦痛のうめき声を上げながら、レオンの剣が魔王の身体を玉座へと縫いとめた。代償にますますレオンの身体を、あの剣が貫いていくのが分かる。なにがなんだかわからないままに悲鳴を上げて、俺はレオンの背中に駆け寄った。真っ赤に染まっている。ぜんぶ。首だけ振り向いたレオンが、口の端から血潮を溢れさせながら笑った。

「…―――これでおあいこだ、ノア」

満足そうな、笑みだった。











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