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「なんていうか、拍子抜けしたわ」

城についた途端「パン屋風情が!」と言われることもなければ、ぎこちなく挨拶した俺に「これだから平民は!」といってくる人もいない。それどころか暖かい拍手と励ましの声に迎えられて、なんだか気が抜けて俺はぼんやりとふかふかのソファに腰掛けている。

朝からあのハイテンションじいさんが馬車といっしょにやってきて、きれいな女の人が四人くらいでボケッとしている俺の髪を整えたり服を着せたりしてくれた。らめえ!という間もなく着替えさせられたせいでなんか大切なものを失った気はしたけどな。
それからハイテンションお袋となんか男泣きに泣いてるオヤジと兄貴に見送られて馬車で城の正門まえまで運ばれて、そりゃあ王様だわやばいわってくらい決まってるアルと合流をした。昨日鼻眼鏡をつけていたとは思えないイケメンっぷりだったのでちょっと笑ったけどハイテンションじいさんに気づかれなくて本当によかったと思う。ちなみにじいさんはアルの執事らしい。

そのまま馬車で街中を引き回された挙げ句、城についてそのまま王族の方々と対面した。さすが代々顔のよい奥様やら旦那様を娶ってる家系らしくだれもかれも美形だったね。びっくりだわ。そんで、まあ暖かく迎えて貰って、どうやら俺の部屋らしいここまでアルに連れてきてもらったわけだ。

「…お前はこの城をなんだと思ってたんだ」

向かいのソファに座っているアルが、さっきまでのあの余所行きイケメンモードはどこへやらってふうにへにゃりと笑ってくれたので、何となく俺もホッとしている。おばちゃんたちにあまり面白い土産話は出来なさそうだけど、そんなに生きにくい場所じゃなさそうだった。

「それにしても、お前の弟可愛いな」
「あの悪魔のどこが可愛いんだよ…」

さっき挨拶したときに端っこのほうでこっちをちらちら見てた13、14くらいの子がアルの弟のレオンハートくんらしい。アルがわざわざ人並みの幸せを捨ててまで王にしてやろうってのがわかるくらい、頭の良さそうな可愛い男の子だった。なんだか下町のガキどものことを思い出してしんみりした気持ちになる。

「まあそういうなって!しかしお前も大変だよな、アル。俺もお前みたいな弟想いの兄貴が欲しかったわ」
「…エリオット。お前がなにを勘違いしてるのかわからないが、レオンのことは関係ないぞ」

きらきらの金糸を指先で弄びながら、僅かに躊躇ったのちにアルがそういった。ますますいいヤツだよ、お前。ちょっとでも実はこいつがガチで俺のこと好きで…とか考えていた数日前の自分をすごく申し訳なく思う。

「な、今日はほかにすることある?厨房使わせてもらえるかな」

昼までもう少し、っていう頃合いだから、なにかパンでも作ろうかな、なんて思ったんだけど。アルはぎゅっとまた苦しそうに眉を寄せて、それから立ち上がって俺のそばに寄ってきた。つられて立ち上がった俺を見て、また苦しそうな顔をする。

「…エリオット」

真剣な声だったので、思わず俺は言葉を失っていた。アルはだらんとぶら下がっていた俺の手首を掴み上げ、反対側の手のひらで俺の頬にふれる。息を呑んだ俺の表情が、その瞳に映し出されていた。

これは、ええっと、つまり?混乱する俺をよそに薄く目を閉じたアルの額がぽかんとしている俺のそれに重なり、いまにも唇が重なりますっていうその瞬間。

「!」

どんどんどん、と勢い良く部屋の扉がノックされた。力の抜けた腕を振り払い、俺は飛びずさるような勢いでアルから離れる。ぐしゃりと前髪を握ってため息をついたアルに目もくれず、俺は天の助けとばかりに豪奢な扉へと飛びついた。

い、いきなりなにしやがるんだ!びっくりしてうっかりときめいちまったじゃないか!このキラキラフェイスめ!とまあ早鐘を打つ俺の心臓なんてお構いなしに、まだノックは続いている。鍵を開け扉を細く開くと、予想より頭一つ低いところに訪問者の顔があった。

「あ!」
「…」

子供らしさを残した顔できゅっと唇を引き結び、そこに立っていたのはなんとさっきまでの話題の人、レオンハートくんである。やっぱり可愛い顔だ。なんて俺が和んでる間に、レオンハートくんはするっと俺の開いたドアの隙間から部屋に侵入してきた。ここらへんの身のこなしはガキどもと変わらんな。

「…なんだまだいたの、兄さん」
「何の用だ、レオンハート」

どうやら回復したらしいアルが、鋭い声音でそういう。お前、子供相手にそりゃねえだろう!といつもならくってかかるところだけど、さっきのアレのせいでなんとなく出来なくて俺は途方にくれた。存外仲悪いらしいふたりの睨み合いをどうしてくれよう、と思った挙げ句、俺は後ろからレオンハートくんの細っこい腕を捕まえる。

「なあなあ、厨房まで案内してくれない?」
「エリオット!それなら俺が、」
「…いいよ」

そして俺の作戦は当たったらしい。なにか言いたそうな顔をしたアルに内心で頭を下げながら、俺はレオンハートくんに腕を引かれるままに部屋を出た。あとでアルには謝っておこう。ついでになんで仲悪いのか聞かないとな。これはおばちゃんたちにいい土産話だ。

「…えっと、俺はエリオット。さっきもいったけどこれからよろしくな!話せば長くなるんだけど、まあ名前だけの後宮だから」
「名前だけ?」

長い長い廊下を引っ張られるまま進みながら、俺はレオンハートくんのきれいな金髪を見て苦笑いをした。そりゃそうだよなあ、兄貴がようやく娶って連れてきたのがパン屋のあんちゃんじゃ兄貴が嫌にもなるわ。とりあえず誤解を解いておこうとそういって、俺は頭を掻いた。

「そうそう。ま、俺のことは専属のパン職人と思ってくれれば」
「兄さんはあなたのこと、ずいぶん気に入ってたみたいだけど」
「あー、仲が悪いわけじゃないよ!俺もアルは好きだ、友達として!」

そう言えば、心なしかレオンハートくんの歩みが早くなった。階段を2つ降りて細い通路を曲がる。なんて迷路みたいな城なんだ、ここは。

「アル」
「あー、そのなんだ。きみのお兄さん」
「しってる」

やっぱり王族の子供は違うなあと俺はしみじみ思う。この年頃といえばもっともくだらないイタズラで一日中ゲラゲラ笑ってられるもんだと思ってたんだけどなあ。あっ、いまちょっとホームシックになった。

「…ま、確かにどうみてもあなたは妃らしくはないね」
「まず男だしなあ。しかも年上よ?俺」
「2つ上なんでしょう?全くもって見えないけど」
「うちは童顔の家系なんだよ」

どうやら誤解は解けたらしい。なんとなくかれの口振りが砕けたような気がした。それが嬉しくて、俺はどうやら厨房についたらしく立ち止まったレオンハートくんの頭をぐしゃっと撫で回していた。

「…子供扱いしないでくれない」
「子供だろ、きみ。…これからパン作るけど、見てみる?」

微笑ましくて頬を緩ませたついでに俺は、子供たちの興味を惹きつける魔法の言葉を口にしてみる。案の定、レオンハートくんの顔がふわっと期待に上気したのを見て俺はひどく嬉しくなった。




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