main のコピー | ナノ
君色サーモクロミズム
先生×不良生徒



俺はものすごく機嫌が悪い。理由は簡単、テストの成績が思ったよりもよかったから。

ろくじゅうろくてん、何度見返しても、俺の今回の化学の点数は赤点も追試も免れている。たぶん採点をしたあいつもびっくりしたんだろう、テストを返すときに真顔になって、大丈夫か?とか聞いてきやがった。白衣の下のよれよれのスーツの向こう脛を蹴っ飛ばしてやったのはいうまでもない。

窓際の最後尾にある俺の机の椅子を乱暴に引く。なんだよお前そんなに点数悪かったのか、とニヤニヤ笑いながらこっちを見てくる悪友どもの点数を覗いたらに二十点とか十八点とか、余裕で補習だったので更にむかついた。

でもってなにより、俺はむかついてる俺にむかついてる。

「…えー、今回のテストで三十点以下の者は明日の放課後補習だからな。つーかお前らこの点数はなんなんだよ。先生は悲しいぞ」
「羽山ちゃんのテストが難しいのが悪い!」
「そーだそーだ!」

黒板に残念すぎる平均点と明日の補習の教室と時間を書きなぐりながら、羽山はあきれたように教室を見回している。このクラスがアホばっかりが作為的に集められたとしか思えない不良クラスであることなんてとっくのとうに周知の事実で、そのせいでまともに授業をする教師はすごく少ない。こいつくらいだ。

若い教師でしかもちゃんと授業するって言ったら舐められて嫌われるのがふつうのはずなのに、羽山は無駄にいいそのルックスとバイト先の先輩みたいなノリのよさ、あとはちゃんとふつうに生徒として扱ってくれる、っていうところからすごく人気があった。化学が何かってことすらわかってねえようなアホどもにこんこんと化学のなんたるかから説き、そもそも同じ土俵に乗ってなかったアホを下の中の成績くらいまでには持ち上げたこいつも、たぶんアホなんだろう。

で、このアホに片想いしてる俺は、もっともっとアホだ。そこは、間違いない。

「どれどれ三上点数見せてみ?…っておい、何だよこの点数!」

ひょいと俺の手元を覗き込んだ悪友が、素っ頓狂な声を上げる。えっ何々、とクラス中の人間が集まってくる。こういうところでのヤンキーとギャルの結束力は異常だ。

「三上、頑張ってるだろ?お前らもせめて補習には引っかからないようにしろよ」
「えーまじかよ…。三上がなー…」

なんか微妙な雰囲気のまま、チャイムが鳴ってしまった。日直がきりーつ、れーい、とやる気のない号令を掛ける。こんな号令がかかるのは羽山の時間だけなんだが、あいつはそれを知らない。俺は頬杖をついて、窓の外を睨み付けている。

授業中もこうやって、話なんてぜんぜん聞いてません、ってなふりをしながらどうしようもなくあいつの声に聞き入ってしまうのが、悪い。羽山のテストはそれほど難しいわけじゃなく、授業を聞いてきちんと理解してりゃ点数が取れるような丁寧な作りになってやがるのだ。くそ。補習に引っかかって羽山に迷惑を掛けて、ちょっとでも話す時間を作るっていう俺の計画が完全に破綻してしまっている。

不良だからって、頭が悪いとは限らない。ということを、俺は決して外には出さないようにしてきた。勉強だってしないし授業だって聞かないけれど、俺は化学以外で補習にひっかかったことはない。羽山はいつも俺にため息をついてきた。なんで化学だけ駄目かなあ、俺の教え方が悪いかなあ、とか、ぶつぶつ言いながら俺の答案とにらめっこする羽山を見るのが、俺は気に入っていた。

「おい、三上」

教科書を小脇に抱えた羽山が、ふてくされたままの俺に声を掛けてきた。反射的にびくりと肩が跳ね上がってしまうのは、しょうがないと思う。顔を上げれば羽山は、俺の席のまん前までやってきていた。心拍数が跳ね上がる。俺はけれど、そんなそぶり一つ見せないように、細く整えた眉の下の目であいつをぎろりと睨んでやった。黒髪の下の羽山の目は、やさしく撓んでいる。

「頑張ったな。先生はお前がやれば出来る子だって知ってたぞ」
「うっせ」

ガキ扱いしやがって。鼻を鳴らしてそっぽを向けば、羽山が笑った気配がした。ほとんど白に近い金にまで染めた髪に、くしゃりと大きな大人の手が割り入ってくる。そのままがしがしと頭を撫でられた。こんなことされるのは、ガキのころ以来だ。

それが羽山の手だと気づいた瞬間、俺は動けなくなってしまった。振り払えばいいのに、振り払わなきゃいけないのに、腕をすこしでも動かせばきっと真っ赤な顔が見られてしまう。そんな俺には気づかずに、羽山はその低く落ち着いた声で笑うのだ。

「わかんないとこあったら、聞きに来いよ?」

いいながら、その手が離れていく。ざわざわと心臓の表面のあたりがざわめいている。でも、まだだ。まだ、俺はただの手のかかる生徒なだけ。

きっと明日には、髪にスプレーを掛けられるときくらいしか行かない職員室の前にいるんだろうと思う。けどそれまで、くやしいから、何もいってやるもんか。








top main
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -