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エンドループのあとで
擦れ違う従者×主



年下の従者が可愛くて、まるでお気に入りのペットのように連れ回していた時期があった。俺がたしか十になったときに屋敷に連れられてきたその子供、俺の従者は、なにも知らない無邪気な幼子だった。

貴族の第七子として飼い殺しとも呼べるような生活を余儀なくされていた俺にとって、遊び相手の存在はひどく稀少なものだった。いくら膨大な土地と財をもつ貴族家といえど妾腹の末子ともなれば風あたりもつよく、俺の持ち物などその従者の子供くらいのものだったのだ。

はなやかな馬車に乗りうつくしい宝剣を父上から賜って見せびらかして回る兄上たちがうらやましくなかったわけではない。父を同じくする兄弟たちがそれぞれ華やかに社交界に生き、或いは隣国の貴族へ婿に入るなか、大した財産分与もなしに屋敷を出され、辺境の町の潰れかけた小さな商社を任されたときに憤りを感じなかったわけでもない。

けれど俺はとうに、愛されないことには慣れていた。

「・・・おまえもたいがい、もの好きだな」

昔こそ可愛かった従者は、俺の唯一の持ち物は、年を経るごとにふてぶてしくなってしまった。慇懃無礼な口を利き、主人たる俺を主人とも思っていないような態度で振る舞う。けれど俺はそれでもよかった。こうして辺境へと、少ない家財道具や兄たちからの餞別を乗せたこの馬車の御者席に、あいつが座っているだけで、絶望は幾分か和らいだ。

住み慣れた都会から、右も左もわからぬ片田舎へ。恐怖は無論あったけれど、もうさげすむような視線を向けられずにすむと思えば悪いことばかりでもない。ようやく肩身の狭い思いから解放されるのだ。

「辺境へなぞ、ついてこなくてもよかったものを」

そうして馬の上で前を見据える従者へ声をかけるのは、なにも今に始まったことではない。視線すら交わさないで叩きつける俺の憎まれ口もそれに対するあいつの応酬も、俺がひねくれた一族の鼻つまみものになってからはいつものことだったから。

青年と呼ばれる年になり、自分に向けられる視線や言葉の意味に否応なしに気づくようになってから、俺はひどく堕落した。
悪いことだったらなんでもやってきた。冷や飯食いの仲間たちを集めて良家の令嬢を冷やかしにいったり、下町に出て庶民のこどもとつるんで悪さをしたり。騎士隊と揉めたことも何度もあった。考えつく限りの放蕩はした。それは俺なりの家への反抗心の現れだったし、それでもなお孤独だった俺が唯一居場所を見つけるためのものでもあった。

最初のうちこそ生意気にお小言を垂れていた俺の従者も、ついになにもいわなくなっていたのだ。外に出ては生傷を拵えたり、やすい酒の匂いを漂わせていても、ただその眉を潜めるだけになった。ついにこいつまで俺に呆れ果てたのだとどこか小気味いいほどの気分になったのを覚えている。

こいつにとってそれまで俺は、幼い頃の、まだ母上が生きていて、いまよりはずいぶんと待遇がよかった頃のやさしい俺のままだったらしい。

あいつの手を引き、うつくしい庭園を駆け、おもちゃの剣で剣術を教えてやったころの俺はもういないと、あいつはようやく気付けたようなのだ。だのにあいつが俺のこの、いうなれば度重なる悪行に業を煮やした父上のやっかい払いに付いてくると言ったのにはすこし驚いた。あいつは俺の従者にはもったいないほど有能で、二番目の兄からも自分の従者にほしいと申し出があったほどなのだ。

「・・・そうですね」

静かな声が、そう重くもない馬車が走る音に紛れて聞こえる。俺は窓の外を見ながら、もう遠い王都に思いを馳せた。下町の仲間たちにはもう、とおくへ行かなければいけないことを告げてある。食うに困ったら俺を頼ってこい、仕事なら見つけてやる、といった俺に、仲間たちは笑いながら自由を奪われるのはごめんだ、といった。

おまえこそ。
田舎で飼い殺されるのがいやなら、てきとうに理由を付けて戻ってこい。汚い仕事なら、いくらでもある。そう言った友人の顔を思いだし、俺は小さく笑みを浮かべる。下町の悪ガキどものボスだった俺の親友は、俺がただの悪ガキから貴族家の鼻つまみ者になるに従って王都の後ろくらいグループの元締めのような地位に成り上がっていったのだ。事実、もしもこの従者でさえも俺を見限っていたのなら、俺は間違いなくあいつの誘いに乗っていた。

「なにも、意地張って付いてこなくたってよかったんだぞ。こんな田舎まで」
「・・・俺は、あなたの従者ですから」

がたんごとんと馬車が揺れる。思えばいつから、俺はこいつを連れ歩くのをやめたんだっけ。初めて夜に屋敷を抜け出したとき、一緒に行くと駄々をこねたこいつを確か俺は、子供はじゃまだと一蹴して置いてきたんだったか。もちろんそれは、きっと危険に満ちているだろう俺の冒険にこいつを巻き込まない方便だった。けれどそれがきっかけで俺はたったひとりで外へ入り浸るようになったし、こいつはこいつでどうやら空いた時間を勉強やら武芸の稽古に回したらしい。文武両道、およそ従者に求められることはなんでも出来るっていうすばらしい従者に、俺の知らない間にこいつはなっていたってわけだ。

俺が悪くなればなるほどこいつは周囲から誉めそやされていった。ついに俺が家から追放されることが決まってからと言うもの、これから向かう田舎の傾いた商社の経営に関わることを一手に引き受けて引っ越しの準備までやったのもこいつだ。我が従者ながら優秀だと思う。もうずっと真っ正面から見ていなかったこいつの顔はずいぶんと男らしく精悍になり、図体なんか喧嘩に明け暮れていた俺よりもしっかりしてるくらいだった。ずいぶんと変わったな、といつも合わせなかった視線をこいつに向けて、まじまじと見つめながら俺は思ったものである。

「どうせ潰れかけた会社なんだ。倒産したら、せっかく勉強したのだってちっとも生かせないんだぞ?おとなしく兄さんの申し出に乗っておけばよかったんだ」
「そしたら、あんたはどうなるんです」
「俺の心配なんて、いいんだよ。俺はどうにでもなる。・・・まあ、こんな落ちこぼれのことを気にかけてくれるのなんておまえくらいだけどな」

そういって笑って、俺は王都とは様相のちがう町を窓から眺めた。王都よりもずいぶんと小さいその町は、きっとすごく退屈だろう。俺に耐えられるだろうか。これまで遊びほうけていた俺に、傾いた会社を立て直して暮らしていくことなどできるだろうか。きっと無理だ。まあそうしたら、俺は親友を頼り、こいつは俺の兄を頼ればいい。なんとかなる。安直な考えが、俺にはあった。

「俺は王都でやれる仕事がある。最初っから俺には、貴族としての誇りなんてないんだしな。そうしたら、お前のことはちゃんと解放してやるから」

それは、俺なりの精一杯のいたわりだった。けっきょく哀れな忠誠心に、子供の頃に植え付けられたそれに逆らえなかったこの優秀な従者のいく末を、俺なりに案じた一言だったのだ。なのに返ってきたのは、俺が思わず息をのむほど冷たい声だった。

「・・・あんたは、いつもそうだ」

慇懃無礼な従者の声は、わずかにふるえている。

「あんな男には頼るくせに、いつまで経っても俺を頼ってはくれない」
「・・・おまえは、ただ運が悪かっただけだろう。俺なんかの従者に割り当てられて」
「・・・」

ふいに、甲高く馬が嘶いて馬車が止まった。どうやら目的地についたらしい。気まずい沈黙を払拭するために、俺は早足で馬車を降りた。

「・・・・・・え」

しかし俺の眼前にそびえていたのは、蜘蛛の巣にまみれた荒れ果てた洋館などではなかった。王都の一流企業もかくやという高いビル。看板に刻まれているのはたしかに俺の姓だった。俺が継ぐ、不良債権を抱えた落ちぶれたちいさな兵器会社の名であった。俺のみた参考写真と全く違っていたから、俺が驚くのも無理はない。この町にある唯一の高いビルはといえば、俺の実家の持ち物であるその会社が傾く理由となったライバル会社のものだけであるはずだった。なのにいまは、おそらくはその建物だろうビルに俺のものになった会社の名が掲げられている。訳が分からなくて続いて馬車を降りた俺の従者を振り向けば、やつはどこか悲しそうな笑顔をしてうやうやしく俺の手を取った。

「・・・どこだって、なんだってよかったんです、俺は」

それはひどく久方ぶりに聞く、俺の後ろを付いて回っていた甘えたがりのちいさな従者の声によく似ていた。

「あんたと一緒なら、・・・一緒だったら」

俺の手を取って、そのままそいつは早足でその高いビルのなかへと入っていく。長い廊下にずらりと並んだ従業員たちが、うやうやしく俺に頭を下げる。俺にとってそれは、生まれて初めての経験だった。足がふるえる。俺には決して与えられなかった地位や権力や財産を、俺は諦めすぎている。わけがわからないけれど、わからないなりにひとつの結論を見つけだした俺は、立ち止まって目の前の背中を見る。昔、俺がまだなんにもしらないでいられたころ、手を引くのは俺の方だったのに。

「・・・ここだったら、あんたも生きやすいでしょう?」

そういって俺に笑いかけたあいつの顔は。
やっぱりどこか寂しげな、俺に置いていかれたあの日のこどものままだった。








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