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セ氏四度のため息
後輩×先輩 青春



俺の想い人は、鈍い。

どのくらい鈍いかといえば、好きなんですといったところで想いが伝わらないくらいに、鈍い。

「・・・せんぱい」

夜景のきれいな近所の有名デートスポットにいろいろ理由をつけて誘い出してみたはいいものの、俺はさっきからいくらたてても折れるフラグに泣きそうになっていた。

暗がりに連れ込んでくっついてみようとすれば観光客を当て込んででている屋台のおいしい匂いに釣られてみたり(焼き鳥280円)、かと思えば寒いといってその華奢な肩を震わせてすり寄ってくる。勇気を出して抱き寄せようとのばした手は俺の巻いていたマフラーを奪い取った先輩に華麗にかわされた。

最終的にあったかい俺のダウンジャケットまで奪取して満足したらしい先輩は、手すりにもたれて夜景を眺めてはその横顔を輝かせている。

「ん?なんだ?似合ってるぞ」

先輩の細身のトレンチコートは、正直俺の体にはだいぶきつい。でも先輩の匂いがして胸がどうしようもなく高鳴るから、惚れた弱みってものはほんとうにやっかいだ。

「・・・ありがとうございます」

そして似合ってる、なんてほめ言葉。俺の胸を高鳴らせるには十分すぎだ。

「って、そうじゃなくて!」

…こうして俺は先輩とちょっとでもいい感じの雰囲気になるたび挫折感を味わうのである。

「きれいですね、っていおうと思ったんです」
「ああ、そっち」

先輩はのんびりと頷くと、ふたたび視線を眼下に広がる夜景へと戻した。ちょっとしたロープウェーなんて使って登った山のてっぺんにある夜景スポットは、カップルたちがこぞってプロポーズの場にするくらいにはうつくしい。ここのラーメンがおいしいらしいですよ、よかったらいっしょにどうですか、とわれながら苦しい言い分で先輩を誘ったのは、もう一週間もまえになる。

いつもどおりうんいいぞ、と頷いてくれた先輩をどういい雰囲気に持ち込むか。そればかりに頭を悩ませていた一週間だった。

思えば、先輩が英語が得意だと聞いたら英語で落第ぎりぎりの成績をとって教えてもらってみたり、逆に先輩が数学が苦手と知って学年一位になるくらいに勉強して教えてあげたり、と友人にはその情熱をほかに回せと真顔でいわれるくらいには俺は努力を重ねてきた。それでもちっとも俺と先輩の仲が仲のいい先輩後輩から進展しないのは、俺がここってときに押せないへたれだからってのと、先輩がものすごい鈍いせいに、まちがいない。

もう少しで先輩は受験生になってしまう。忙しくなって、いまみたいに俺と遊んでくれることもきっと減るだろう。だから俺はなんとしても、先輩に想いをわかってもらいたかった。好きなんです、といったら、ああ俺も好きだよここのラーメン、とか、数学好きなんて変わってるな、とか、そんなふうなことをいわれるのは、もうごめんだ。同性のうえに年下、恋愛対象からほど遠いなんてことぐらいもう、よくわかってる。けど。

「・・・あの!」

夜景をみる先輩の手を、勇気を出して握る。俺の心臓はもう破裂寸前だ。視線をこちらによこした先輩と目が合って、うまく息ができなくなる。

「あ、おまえ手あったかい」

すると、先輩はふにゃっと笑って俺の手をそのまま頬に押しつけた。やらかい先輩のほっぺは、夜気にさらされたせいだろうか、とても冷たい。顔が真っ赤で熱いくらいの俺とは大違いだ。

「おまえ、子供体温だよなー」

口元をふにゃふにゃゆるめたまま、先輩はそういって笑う。もう片方の俺の手も捕まえて、俺の両手は先輩のほっぺたを包み込んでいた。顔が期せずして近い。ここでテンパる俺は、ほんとうにどうしようもない、と自分でも思っている。

「俺なんてラーメン食ったばっかなのにちょう寒いぞ」
「・・・つめたい、です」
「うん。むしろなんでそんなおまえあったかいんだよ」

先輩の吐いた白い息が、頬をなでた。心臓の音がうるさい。けれど抱きしめるための俺の手はしっかり先輩にホールドされているし、先輩はどうやら俺の肩越しになにかを見上げているようだった。たぶんまた、売店でなにかを見つけてしまったんだろう。

「中のほうがあったかいかな。肉まん食べたい」
「・・・、でも、外あんま見えないでしょ」
「それもそうだな。せっかくだから、夜景もみたいし」

先輩の俺よりちいちゃい冷たい手が、いいながら俺の両手を解放した。抱きしめるチャンスを失った二本の手をゾンビみたいに前に突き出したまま、俺は固まっている。動揺を隠せない。

「せんぱい」

すでにふたたび欄干にもたれ掛かってしまった背中を、じっとみた。俺よりちいさくて、華奢なくせに、ずっとずっと強くてかっこよくて、とにかく俺の大好きな、背中だ。

「なんだ?さむいか?」
「・・・」

滅多にいじっているところをみない携帯を取り出して、先輩は写真を撮っているようだった。かなり古い機種だから夜景がきれいに撮れる機能なんてついてなくて、ちらっと目に入った画面はまっくろに塗りつぶされている。

「・・・あとで、俺の携帯で撮ったやつ送りましょうか」
「お、さんきゅ。でも、機種変はめんどいんだよな」
「使い慣れてるなら、いいんじゃないですか」

代わりに出来ることが多い方が、いい。先輩との接点を保つために、俺はそんなことを考える。

うん、と笑って頷いた先輩のことが、めまいがするくらい好きだった。

「・・・」

背中を抱きしめられるわけでもなく、かといって好きです、愛してます、という勇気もでない俺は、けれど立ち尽くすだけ。ちょっとでも冷たい風が当たらないように、先輩の後ろ側に。先輩はいつまでも立ち止まっていてくれるだろうかと不安になる。俺の知らないところへ、いってしまわないだろうか。年下の俺が同じ景色を見られることなんてほとんどなくて、だからこそすごく不安になる。先輩のみている世界が、俺の思っているのよりずっと広かったらどうしようって。

「なあ、あれ、おまえんち」

感傷的になっていた俺を、きらきらした目で先輩が振り向いた。きっとがらにもなくしゅんとした顔をしていた俺に気づいて、ひとつ首を傾げている。それから。

「・・・さむい?」

まるで幼い子供にするみたいにくしゃくしゃと髪を撫でて、あったかいマフラーを首に巻いてくれた先輩は、相変わらずだ。まあこのマフラーもともと俺のだけど。

「・・・ちょっとだけ」

なぜか先輩と同じように小声になってしまった俺は、言いながらつよく、先輩の冷たい手を握った。







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