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この間のおさらいと、あとは簡単なダンスの練習をして、悠里は雅臣と別れて生徒会室に戻った。相変わらず長居だったねとからかわれたりもしたが、それに涼しい顔で、「ちゃんと頼んでおいたさ」なんて言えるくらいには、悠里は演技が得意である。適当な理由を付けてかれらをクラスでの練習に戻してから、悠里はひとりになった生徒会室で先ほどの書類を捲った。

監視カメラの荒い画像でも、それらが黒ずくめのスーツ姿の男であることはわかる。やはりこれは雅臣の実家の人間なのだろう。だとすれば一般生徒が気にかける必要は、ないはずだった。そっとその書類を自分のファイルに挟んで、悠里は丸椅子の背もたれにもたれかかった。早いところ教室へ戻らなければならないことはわかっているのに、少しだけ気が重い。

ふいに気付いた後ろ暗い冷たさは、悠里の背中まで這い寄ってきていた。
あの月の晩の秋月の言葉の真意。知らずにいた雅臣の葛藤に、黒ずくめをこの学園から追い払わなければならないこと。そして一歩も歩き出せていない、あの夢の悠里。どれもが悩みの種である。

悠里はあまりに無力だ。と、少なくとも悠里はそう思っている。誰かを守れる強さも歩き出す勇気もない。漠然とした不安が、悠里の足を捕まえている。

けれどそれではいけないのだと、悠里は分かっているつもりだった。勢いをつけて立ちあがる。監視カメラの映像の下にある地図は、黒ずくめが侵入したと思しき場所を示していた。せめてそこに何らかの対策を講じてこよう、それから練習にいって、氷の生徒会長としての役目を果たそう。そう決めて、勢いをつけて立ちあがる。

連続写真を見ると、どうやら細工がしてあるらしいフェンスの外から黒服の男たちが入ってきていることがはっきりわかる。さすがに財閥のお抱えの男たちであっても、この学園の厳重すぎるともいえる警備のことを全て把握するわけにはいかないようだった。

場所は、弓道場のすぐそばである。秋月を見つけたら、声をかけてみよう。かれはきっと、このフェンスを直したい、といったら、きっとかれは笑いながら手伝ってくれるのだ。いつもみたいに。

そしてそんなとき、悠里は聞けるだろうか。秋月に、このあいだのことを。その答えは、まだ出ていない。

「…」

そして、弓道場のそば。
手元の書類を照らし合わせながらフェンスのそばまで寄れば、どうやら外側から細工をして、その部分だけ取り外せるようにしてあるらしい。古典的な手段だったが、そもそもこの山奥までやってきて侵入者がこんなところから侵入するとは想定していないだけに、雅臣の実家の人間たちも簡単に入ってこられたらしかった。

さて、どうしたものか、と悠里はフェンスのまえで屈んでため息をつく。倉庫棟にフェンスはたくさんあるから、それを持ってきて内側からとなりのものと連結しなおせば事足りるだろう。管理キーさえ入力すれば、警報を取りつける装置だって取り出せる。

―――無論、そんなのは生徒会の仕事ではない。風紀委員が調べ、用務員あたりに話しを降ろせばそれで済む話だ。けれど悠里は、これをひとりで解決しようと思っていた。一つずつ自分のこころを納得させていけば、きっとすこしは楽になれると思ったから。

悠里は、自分の無力を厭うあまり、無理をしすぎるきらいがある。たとえばそれはこんなときだ。色づきだした木々を見上げ、フェンスに凭れて嘆息をする合間、誰にも知らせずに、こんなところに来ているということ。

「…!」

がしゃん、と音がしたときにはもう、悠里の口は誰かのてのひらで塞がれていた。フェンスから引き離されて、がんっと地面にたたきつけられる。後ろから口をふさがれたまま、後ろ手に手を拘束された。ぎりぎりと痛む肩にはっとして目を見開き、悠里はとっさに足をばたつかせる。けれど何度も蹴りつけたそれはびくとも動かない。息が詰まり、心臓が煩く鳴り始める。誰だ、と思って首を廻らせれば、サングラスの下の瞳がちっとも見えない大人と目があった。―――さっきすれ違った、黒服の男である。

もう一度侵入をしようとしたのだろうか。意外そうな声が、暴れる悠里を難なく押さえこむ男たちの間から洩れた。

「…こいつが生徒会長か?」
「ああ、間違いない。…これで坊ちゃんも」

それを聞いて、背筋がうすら寒くなった。雅臣はきっと悠里を引き合いに出されたら、それがどれだけかれの意に沿わないことであっても頷いてしまう。かれはきっと悠里を、巻き込みたくはないはずだから。しまった、と思ってどうにかその腕から逃れようとするけれど、悠里はあまりに無力だった。酸欠で眩暈がする頭で、悔しくてどうしようもなくて涙が浮かぶ。

「…―――動くな」

そして場を制したのは、ひどく冷たい、そんな声だった。

「指一本動かすな。…死ぬぞ」

その声は、悠里のそばで放たれたものではなかった。…もっと言うと、悠里に向けて言われた言葉でも、なかった。目を見開いた悠里は、そこにあるだれかの足を見る。学校指定の靴に、見慣れない紺色。その声。

「…」

ごくり、と悠里を拘束する腕の主が息を呑み込むのがわかる。悠里は思わず顔を上げ、そして見た。そこに立っていたのは、道着姿の秋月だった。








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