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Beyond Good and Evil 12






レオンと並んで街を歩いた。この町は魔界とのぎりぎりに位置しているとは思えないほどきれいでモノと活気に溢れていて、俺はすこし驚いた。

噴水のそばに座ってなんとなく一緒に空を眺めたり、怪しげな魔術書の投げ売りを冷やかしたり、それからこうして、小高い丘のてっぺんにきて世界を見下ろしたり。きららかな世界を、俺はゆっくりと眼に焼きつけた。人間の世界を見るのは、今日で最後になる。

「…なあ、ノア」

幼いころよく孤児院で作った草笛を手慰みに作りながら、レオンが隣で俺に声をかけた。斜陽が海に落ちるその間際、世界は魔界も人間界もいっしょに赤に染まる。きれいだった。そらとうみの境界が融ける。ずっと向こうの孤児院で、弟や妹たちは、神父様は、しあわせに暮らしているだろうか。

「なんだ?」

隣にはレオンがいる。最後の静かな時間にしては上出来だ。満ち足りた気持ちでそう尋ねれば、レオンの手がそっと俺の肩を抱いて引き寄せた。びっくりするのといっしょに、どうしようもなく胸がときめいて俺はひどく動揺をする。その手が、熱い。

「…どうして、俺をここに連れてきたんだ?」
「……どうしてって…、決戦の前だし」
「そうじゃなくて。…こんな、きれいで静かな場所に」

せなかから俺を抱きしめたレオンの声は、ひどく真摯で静謐だった。神聖さすら感じるような沈黙が、赤く染まった世界に広がる。俺はゆっくりと鼓動のリズムがレオンと重なるのを感じながら、いつのまにか絡まった手ゆびをそっと持ち上げた。レオンのことが、好きだった。

「…世界って、こんなにきれいなんだって。…お前に、知ってほしかったんだ」

そんなお前がこれから生きていく世界は、これほどのうつくしさに満ちている。お前にそれを知ってほしかった。俺はお前の足手まといばかりで、ちっとも役に立てなかったしいい迷惑だったろうけど、お前のこうふくを願う、それだけは真実だった。

お前には嘘ばかりついているけれど、それだけはほんとうの、俺がこの世に遺したいと思う、いちばんだ。

「ノア」

レオンの手が、確かめるように俺に触れた。ほおを撫で、肩に触れ、そしてそっと俺の顔を覗き込む。その瞳が、きらきらと濡れて光っているように、俺には視えた。

「…そんなこと、ずっとまえから、しってる」

ゆっくりと瞬きをすると、そのままその目に吸い込まれそうだった。なにかを固く決意した、しんじられないくらい穏やかで、満ち足りた瞳だった。…俺と、おんなじように。

「お前が教えてくれたんだ、…ノア」

それからそっと、レオンの唇が俺のそれを塞いだ。きのうみたいに、薬を含ませるためじゃない。回復薬を飲ませるためじゃないし、…なんの言い訳も取り繕うこともない、胸が張り裂けてしまいそうなくらい、切ないキスだった。

「…レオン?」

その腕には俺が巻きつけたブレスレットが揺れている。俺の形見。そう言ったら、お前はどんな顔をするんだろうな。…いまさらに、俺は、なにもいわずにレオンを遺して死ぬという罪悪感にさいなまれていた。

だってレオンが、俺にキスをするから。…俺の事を愛して、死んでしまいそうなくらいに大事にして、慈しんでくれるから。俺は、レオンになんにもやれていないのに。なんにもしてあげられないのに、挙句の果てに、こいつを遺して、死ぬってのに。

たとえ魔王を倒したとしても、たったひとりだけ、俺は救えないままだ。

「…俺は足手まといだった。悪い勇者だった。だけどお前は、ついてきてくれた。ここまで連れてきてくれた。…なんていっていいかわからないくらい、感謝している」
「…」
「なあ、レオン。俺は、お前とこの旅が出来てよかった。ふがいない勇者だったけど、一緒に来てくれて、ありがとうな」

お前のその目に世界のうつくしさを、生きることのすばらしさを少しでも映してやれたのなら、俺はそれでいい。…望めない。それ以上なんて、なんにも。たとえばこの先も、お前と生きていたいだとか。ほんとうはお前のこと、すごくすごくすきだったって。…言えない。言えるわけ、なかった。

「…ノア」

何かを言いたそうにしたレオンの眼が、じっと俺のことを見つめている。太陽はすでに海に潜り、この最果ての町には、夜の帳が下りようとしていた。

「明日もよろしくな、レオン。きっとこの調子なら、昼ごろには魔王の城に辿りつける」
「……そうだな。…なにか決戦前夜に、ほかに言いたいことは?」

レオンは俺の内心を見越したように、ほんの少しだけ笑ってそういってくれた。甘く苦しい恋心が、最後に残ったこの世への未練みたいにして胸を焼く。それから俺は、すこしだけ黙りこんだ。背中から俺を抱きしめるレオンの心臓の音が、いやに早く聞こえる。

「…なあ、レオン。こっちを向いて」

ほんの少しだけ意外そうにしたレオンの顎を、俺は身を捩って掴んだ。それからその唇にキスをする。涙だけは流さないと、そう決めていた。









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